第13話 人とドラゴンのために
マリアとクラインはアンデッドドラゴンの足元に駆け、両足を同時に斬りつける。だが、アンデッド特有の自己再生能力ですぐさま修復されてしまう。
(私の剣でも修復されてしまうとは……)
クラインが与えた傷よりも若干遅かったとはいえ、完全に修復された傷口にチッと舌打ちする。こうなれば、ビーストキング戦のように弱点を狙い、最大火力を叩き込む以外方法はない。だが、不完全体ではあったビーストキングには明らかに弱点と思われる個所があったが、今回はそのような目印はない。
「とにかく今は弱点をあぶりだすしかない!ドラゴンよ、すまないが力を貸してくれ」
マリアが近くでブレスを吐いて応戦していたドラゴンに呼びかけると、こちらに駆け付け、背中に乗させてもらう。それを見たクラインもドラゴンに飛び乗り、アンデッドドラゴンの頭上まで飛翔する。
「地上からの攻撃が効かないなら上空から観察するというのは良い判断だ。だが、こうしてみても弱点部位らしきものは見当たらないな」
「だが、諦めるわけにはいかない」
「ああ。行くぞ!風よ、万物を切り裂く疾風となれ!ソニックブーム!」
クラインが魔力を込めた大剣を振るうと、衝撃波が発生し、アンデッドドラゴンの角の片方を切り落とす。
「集いし浄化の光よ、裁きの光となりて闇を照らせ!ジャッジメントレイ!」
スイカ程度の大きさの無数の光球が、アンデッドドラゴンに向けて次から次へと絨毯爆撃を行っていく。だが、これらの攻撃も土埃が晴れると、何事もなかったかのように立っている。
しかし、再生するとはいえ手傷を負わせているせいか、こちらに向けて角からの雷撃が飛んでくるようになる。それらを回避するため、ドラゴンは乗り手のことを考えていない急な旋回を繰り返し、すんでのところでで当たらずに済む。
2人は攻撃を何度も繰り返すが、終わらないデスマーチに疲労の蓄積と焦りの色が見え隠れする。そんな彼らをチラリと見た数匹のドラゴンが、何かを見つけたのか勝てないと見限ったのかこの戦場から去っていく。
一方、そのころ、アイアンたちは発掘現場からエルフの村へと向かう途中、それを見た。大きな眼がうっすらと開き、こちらを、いや下界を見ている様子を。
「なんだありゃあ? アリス、あれ、何かわかるか?」
「し、知らないわよ!いくらあたしでも知らないことはあるんだから」
アリスが知らないなら、クレアも知るわけがない。リッチを倒して呪いは解いたのに、なぜこんなことにと疑問を浮かべるだけだ。そんな時だった戦場から離脱した数匹のドラゴンが三人の前に現れたのは。そして、ドラゴンたちは早く乗れと言わんばかりに背中を見せる。
三人がドラゴンたちに跨ると、上空へと飛翔する。そのまま戦場へと戻ろうとしたとき、クレアが「呪いの確認をしたい」と言って、集落へと寄り道できないかと言われ、それを理解したドラゴンは目的地を変更する。
集落に戻ると、ドラゴンたちがブレス攻撃でゾンビの群れを焼き払い、若い男性衆やエミリア先生が漏れたゾンビを倒していた。どうやら彼らの誤解も解けたようだと思い、クレアはグレンの家に行くと、妻と子から入れ墨のような痣は消えており、心なしか安らいでいるように見える。
山頂に向かおうとしたとき、奥さんが目を開けて「夫は?」と尋ねられる。ドラゴンに乗っていたときやグレンの家に向かう時に、グレンのような大柄の男は見かけていなかった。
「近くにはいませんが、きっと山頂で戦っていると思います。これから私どもはそちらに向かいますので」
「それなら、私も連れて行ってください。夫も気が気でないと思いますから」
「……わかったわ。でも伝えたら、さっさと避難すること。わかりまして?」
「ええ、ありがとうございます」と言って、グレンの奥さんはゆっくりと立ち上がり、おぼつかない足取りで家の外に出てドラゴンに乗せる。ドラゴンに驚かなかったのは夫に会って無事な姿を見せたいという一心のためだろう。そして、ドラゴンに乗った4人は再び空高く舞う。
たどり着いた先に居たのは禍々しい巨大な邪龍とそれに対抗しているドラゴンの姿があった。
「おおおい、あれはなんだよぉ!」
「あたしに聞かれても困るんですけどぉ!しかもこの感じ……リッチよりも強いわよ」
「A級のリッチよりもつえぇって、それ災害級じゃねぇか!人生で2回も災害級と戦う羽目になるとか、ふざけるな!!俺は前世でどれだけの悪行を積み重ねたんだ」
「夫は? 夫はどこですか!?」
グレンの奥さんと一緒にクレアはグレンを探す。開戦当初は地上で戦っていた生徒も長期の戦闘により大半が魔力切れとなり、ドラゴンに乗って、ゾンビがひしめく地上から上空へと避難していた。生徒たちを乗せているドラゴンも無理な戦闘を避けたいのか遠距離から火球のブレスをときたま撃っているだけで戦闘にはほぼ参加していない。
だが、クレアのドラゴンは彼らとは逆方向に向かっている。そして、そこにはドラゴンに乗ったマリアとクラインの姿があった。すでに彼らも息が絶え絶えであり、激しい戦闘を繰り広げていたことがわかる。
「その様子だとそっちはうまくいったみたいだな」
「ええ、かなり無茶ぶりでしたわ。私が答えにたどり着かないと考えなくて?」
「信じていたさ。なんたってレーラントイチの天才だからな」
急にマリアから褒められ、ほんのりとクレアの顔が赤くなる。
「天才美少女ですわ。まあ、それは良いとして何が起こったんですの?」
「ああ、グレンが闇に飲み込まれた」
マリアが剣先を邪龍に向けて話す。クレアとアイアンはかつてシルバーと呼ばれた男が魔獣になるところを知っている。あれと同じことがまた起こってしまったのだろうと理解はできた。
ただ、その現実を突き付けられたグレンの奥さんは泣き崩れ、嗚咽を漏らしていた。無理もない。愛する夫が世界に災いをもたらす邪龍となってしまったのだから。だが、それでも、だからこそ、奥さんは夫の蛮行を止めるため、立ち上がる。
「夫と話します」
「無理だ。貴女の知っているグレンはもう死んだ。あれはて……」
『Bランクおめでとう』
アイアンはシルヴァの最期の言葉を思い出す。確かに奴のやったことは許されない。だが、最後は魔獣としてではなく人として殺した。それはアイアンにとっては救いであった。なら、彼女にも救いの一手はあるはずだと。あのときの悲しみを繰り返すかもしれないが、ドラゴンとして倒すよりかはマシだと。
「いいや、まだ死んじゃいねぇよ。シルヴァだって最期は人に戻れたんだ。そして、まだあのドラゴンはまだ生きている。なら、イチかバチかやってみる価値はあるぜ」
「なら、私たちがやることはクレアたちをあの邪龍まで届けることだな。クレアのドラゴンに指一本手を触れさせるな!」
「何を言っている、お前たち!そんなことしても……」
「あら~ん、クラインは乙女心がわからないのね、マイナス10pt」
「お前もふざけている場合では……」
「良い? この状況を打ち破るには奇跡を祈るしかない状況よ。愛する妻の説得で夫が元に戻るなんてロマンチストじゃない」
「三流脚本の劇の見すぎだ!」
「じゃあ、他に方法ある?」
「ぐっ……それは……」
「ないなら三流劇に賭けるしかないってわけ」
「賭けにもなっていないが……それしか……ないか」
クラインはすでに邪龍に向かっているクレアを追うようにドラゴンが上空を走る。何か思うところでもあるのか邪龍は巨大な黒い火球を彼女らに向かって放つ。避けられないほどの大きさを見て、マリアはいつもよりも多めの剣を素早く投げつけ、呪文を唱えていく。
「テンペストが使えなくてもこれならば……我が剣に宿りし浄化の光よ、聖なる盾となりて、我らを守護せよ!セイクリッドプロテクション!」
剣によって形作られた多角形の巨大な障壁がクレアたちの前に現れ、火球を防ぎきる。だが、障壁を張ったことで、マリアは剣一本を維持するのがやっとなほど衰弱してしまう。
2発目は防げない。正真正銘、最初で最後のチャンスだ。それを悟ったクレアのドラゴンはぐんぐんと速度を上げる。焦り始めた邪龍は握りしめようと襲い掛かるが、ソニックブームと火炎剣によって切り払われる。
邪龍の眼前に立ったグレンの奥さんは、邪龍をバシンと引っ叩く。怒り心頭なのかもう奥さんは鬼が見たらはだしで逃げ出すくらいの形相になっていた。
「貴方、何をしているか分かっています? 貴方が何のために戦っていたのか思い出してください。それができないなら離婚です。さあ、行きましょう、こんな分からずやなんかほっといて」
「え、えええ!?」
クレアもドラゴンも戸惑っているのかその場から離れようとはしなかった。
久しぶりに妻にぶたれた気がする。
邪龍の中でグレンはそう思った。
何のため? ドラゴンを、世界を滅ぼすため…………
離婚は嫌だな。一人で暮らしていた時に飲んだ味気ないスープよりも妻と息子と一緒に飲んだ温かいスープのほうが良い。
……そうだ、私は妻と息子のために戦っていた。だから……
「サラァァァァァア!!」
サラは愛している夫のグレンの絶叫に頭を上げる。眉間からにょきと生えてくるグレンを引っ張ろうとするが、女性の力は抜けない。そんなとき、近くにいた別のドラゴンがグレンを引き抜き、サラに手渡していく。無論、サラの力では支えられるはずもなく、二人ともドラゴンの上で倒れてしまう。
「すまない。俺のせいで」
「良いんです。間違えたなら償えばいいですもの」
「……あの離婚のことなのだが」
「はて、私何か言いました? ねぇ、皆さん」
背筋が凍りつくような笑顔で、Aランクハンターどころかドラゴンでさえ頷くレベルだ。人生経験が短いマリアだけはよくわからず、周りの反応を見てから「言っていただろ」とは言わずに頷くことにした。
そして、核となるグレンが引き抜かれたことで、ドロドロの泥状態で原型をかろうじて保っている。
「これで終わりだ!荒れ狂う嵐よ、我が剣に宿れ!テンペストブレード!!」
クラインが放った巨大な斬撃によって邪龍は真っ二つに分断され、二度と戻ることはなかった。
地上にいたゾンビも消え、あとはあの眼を破壊するだけだが、ドラゴンを含めこの場にいる全員が満身創痍で戦えるものはいない。眼はすでに9割方開いており、まもなく完全に開かれる。つまり、一手足りなかったのだ。悔しそうに地面に手を叩きつけている者もいれば、諦めて目を閉じ最期の時を待っている者もいる。
そんな時だった古龍が白い神官竜たちを引き連れて神殿の外にやってきたのは。そして、神官竜は悲しそうな声で鳴き、古龍が飛び去って行くのを見つめる。この場にいる誰もが、あの神々しい古龍が何をしようとするのかわかっていた。
最後の力を振り絞り、青白いブレスを吐きながら、冥界の門に近づいていく。それを迎撃しようと黒い触手のようなものが伸びてくる。それを巨体からは想像できない軽やかな軌道を描き、躱し続けるが、それにも限界がみえる。バランスを崩し、右側から伸びてきた触手に対応できなくなったからだ。そんなときだ。一本の金色の光の剣がそれらを切り裂いたのは。
「一手届いたぞ!」
後方をチラリとみると金髪赤眼の女の子が投げつけたようだ。初めて会った時、久しぶりに出会った気がするあの不思議な女の子。そう、大昔、地上に女神様が居た頃の人間と同じ無垢な感じが似ていた。
今の人間が悪いとは言っていない。無垢だったころと比べると、自分勝手にはなったが、同時に前へと進む強い意志は評価できた。ただ自分らが知っている人間が居ないのは少し寂しかった。
だからこそだろうか。女神さまに言われたとおりにこの世界を見守るのではなく、守りたいと思ったのは。だとしたら、自分はまるで人間みたいだなと思った。己の中で苦笑しながら、自分の力を出しきり速度を上げていく。
金色に変わった古龍は矢のごとく眼に突き刺さり、貫いていく。そして数瞬後、巨大な爆発と共にキラキラと光の粒子が雪のように降ってくる。それは人とドラゴンの勝利であり、古龍の最期であった。喜び合う中、マリアだけが涙を流し、力を使い果たした彼女はその場でソフィーに戻ってしまうのであった。
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