第12話 邪龍転生

 時は遡り、クレアたちがエルフの村から発掘現場に向かっていた頃、ソフィーのクラスメートは迷いの洞窟に突っ込んでいた。本来ならば万全を期して、準備を整える手はずだったが、


「ソフィーが向うにいて、死にかけのじいさんを助けているなら、人質とか敵に回ったわけじゃない。むしろ、金髪の女の人に付いていったんじゃないか。ドラゴンを助けてほしいとか言われて」


「そうよね。あの子やさしいから、人が困っていたらすぐ助けるもん。きっとドラゴン相手でも同じよ」


「それにソフィーなら俺たちが死にかける前に外に出してくれるだろう。そういうことなら無限アタックして、ダンジョン内の探索をしまくるのが得策だよな。よし、一番手は俺な」


 元気いっぱいの茶髪の男子生徒エディが飛び出していき、ダンジョンに潜るもものの数分で「おかえり」と言われる羽目になった。次から次へと生徒たちが中に入っていく、あるものは一人で、あるものは仲良さそうなグループで。


 だが、ダンジョンを制覇したり、大けがをしたりして戻ってこれない生徒はおらず、大体が数分で入口まで戻ってくることになった。


 そんな様子を見ながらクラインは調査隊の生き残りであるアイザックが洞窟内で書いたレポートをそこいらの小岩にもたれながら、熟読していた。途中までは出てきた生物のスケッチ、辿ってきた道の地図が書いてあったが、食糧難に陥っていてからは書かれなくなっていた。


 内部の構造が複雑怪奇なのは話からもレポートからもわかるが、突破方法がわからない。だが、クラリスが知っている人物で突破したものは2名いる。ソフィーと女神(仮)だ。連れ去られた子供は女神(仮)についていっただけかもしれないが、こちらの妨害をしている余裕がある以上、なんらかの突破方法はあるのがわかる。


 どうやってと考えているとき、警報が鳴り響き、愛刀の剣を握りしめる。生徒たちにはここでダンジョンの攻略を考えてもらったほうが足手まといと守らなくてもいい分、気が楽になる。クラリスは生徒たちに指示した後、己の戦場へとかけていった。



 クラリスの姿が見えなくなった後、生徒たちはやみくもに突っ込んでも成果が得られないと考え、作戦会議を開いていた。一番の中の良いクレアが仕切るのが良いのだが、彼女がアリスと一緒に別行動しているとクラリスから聞いていた。そのため、前回のフィールドワークで同じ班だったローラとアルフォンスがこの場を仕切ることにした。


「ソフィーさんが僕たちの妨害しているのは良いけど、いや本当は良くないけど、一度、ソフィーさんの観点から物事を考えてみたら、突破口が見つかるかもしれない。連れ去った女性のことはわからないけど、ソフィーさんとは小等部からの付き合いだから、その行動も読めるはず」


「よし!じゃあ、事の発端からな。まずソフィーは謎の女性と出会ったんだよな」


「うん。それはクラリスさんが証言しているから間違いないと思うよ、エディ」


「問題はどうしてその女性について行ってドラゴン側に立ったのかがわからないのよね」


「うん。でも朝、ローラが言ったようにドラゴンと人を同時助ける方法があるといわれたら間違いなく……」


「つーか、俺、疑問に思ったんだけどさ。なんであいつそんな与太話を信じたんだ?」


「そこを言われると……金髪の女性なんて珍しくはないから、もしかすると知り合いだったのかも」


「ふ~ん、知り合いねぇ。ここはガタガタ言ってもしょうがねぇから、それで納得しとくぜ。んでもって、クラリスたちを振り切って、迷いの洞窟を突破して、何らかの方法でこっちの出方を見ている……でいいんだよな」


「うん。迷いの洞窟に遭難しているのに僕たちに構うようなことはしないだろうからね。少なくとも突破して安全な場所に入ると思う」


「迷いの洞窟に入った私たちをプロテクション&リフレクションで妨害しているけど、アイザックさんみたいにならないように入り口に戻しているんだよね」


「でも、どっちかというと間違えた道を進んだから入口まで戻している気がするんだけど、みんなはどう思う?」


「間違えた道って言っても、そんなのどうやってわかるっていうんだよ。俺なんかプロテクションを避けたと思ったら、岩陰で見えづらくしているプロテクションに引っかかって戻されたんだぜ」


「ブービートラップ……僕の時もあったけどみんなはどう?」


 アルフォンスの問いかけに、クラスメートは次々と手を挙げていく。そして、全員がその手を挙げることになり、クラスメート全員が「お前もかよ」と騒ぎ始める。

 全員が遭遇したブービートラップ、わざと見えやすい場所にプロテクションを張り、その恐ろしさを知っている自分たちを別の場所に移動させて、本命のプロテクション&リフレクションで入口に戻す。


「ソフィーちゃんならやりかねないけど、なんか違和感があるのよね。そもそも私たちに道案内しようにもどうやって伝えるのよ」


「使える魔法は僕たちと同じ。リフレクションのおかげでソフィーさんが向こうにいるのはわかったけど、道しるべが無いと……」


 アルフォンスの言葉を遮るかのようにエディが手を挙げる。


「なあ、俺。突拍子もないことを思いついたんだけど」


「エディ、なんだい?」


「あいつの立場で考えたらさ、道案内するのに魔法を使うのは必須だよな」


「まあ、直接会えるならすでにしているだろうからね」


「だろ。だったら目的地にいくのに分かれ道に道しるべを置いたらいいって言ったよな」


「うん、言ったね……まさか!」


「ああ、あいつのことだから、正解の道にプロテクション張っていたんじゃね。ただ俺たちはリフレクションのこと知っているからはずれの道ばかり引いていた。だから戻ったんじゃあ……」


「辻褄は……あうね。クラリスさんが戻ったら、プロテクションを解除してもらって内部を探索してみよう。道しるべになっているなら、もう迷わないぜ!」



 クラリスが戻ると、生徒たちに迷いの洞窟内部のプロテクションを解除しながら内部の探索をしたいと頼まれ、とくに断る理由もないため、生徒らと一緒に洞窟内に入る。しばらく歩くと、分かれ道の一つにプロテクションが張られており、リフレクションが発動しないように慎重に魔法を解除していく。そして、生徒らは解除した道へと入っていく。




「よかった。みんな気づいてくれた」

 泉に映っているみんなの様子を見て、ソフィーは胸をなでおろす。後はプロテクションを張る作業を繰り返して、階段のある場所まで誘導すればいいと気合いを入れる。その後は何かあった場合に備えてマリアに任せる算段だ。



 そのころ、グレンは病に伏している妻子の看病をした後、迷いの洞窟の前に来ていた。クラリスの姿が見えないことから、攻略方法を見つけてガキ共と一緒に内部へと入ったのだろうと考えた。子供はもはや限界で妻も病で倒れた。彼女たちを救うにはドラゴンを倒さなければないと考え、イチかバチか断崖を登ることにした。


「待っていろ、ドラゴン共!お前たちは皆殺しだ!」


 血走った男は気づかない。自分のどす黒い感情によって赤いペンダントが変色していることに……



 クラリスたちが階段を登りきると、月明かりの下、幻想的な紅い眼と金髪をたなびかせ、ドラゴンと共に待ち構えている女神(仮)が居た。「誰?」「上級生にあんな人いた?」「でもきれいよね」とほそぼそと漏らしている生徒の様子から、顔見知りというわけではなさそうだ。


「いろいろと聞きたいことはあるが、お前は誰だ!」


「私か? 私は……マリアだ」


「マリアか。2つ聞く、一つ、お前が連れ去った子供はどこにいる?」


「『わ……彼女なら、誰も手出しできない場所にいる。安心するといい」


「そうか……ならばもう一つ、お前が知っている『真実』を教えてくれ。俺がいくら殺気を放っても、ここのドラゴンは襲う素振りすら見せない。俺の知っている情報とこの状況に齟齬が生じているのは明確だ」


「わかった。これは推論も混じっているが話をしよう」


 マリアはこの件で自分の知っていることをソフィーに関することはぼかしつつも、それ以外はクラリスに話すことにした。



「ドラゴンは敵ではない。なるほど、この状況を見ればそれは明らかだな」


 マリアがクラリスと話している間、大人しくするのに飽きたドラゴンたちは生徒たちのそばに行き、怖がっている生徒にペロリとやさしく舌で舐めた。食べられると思ったのか、顔をますます青くしたが、背中を見せて、乗せるような素振りをすると恐る恐る乗った生徒を乗せて、怖がらないようにやや低めに空を飛んだ。


 慣れてきたのか怖がる様子は消え、辺りの風景は残念ながら真っ暗ではあるが、空を飛ぶという貴重な体験に満喫した生徒は他の生徒と交替する。また、別の生徒は小さめのドラゴンと追いかけっこしたり、子供のドラゴンと触れ合っている生徒らも居た。


 クラリスはそんな光景を見て、ドラゴンを敵扱いするようなお堅い考えを持つような男ではなかった。ワイバーンがハンターでもない一般人に襲い掛かっても今は奇跡的に死者は出ていないのも、彼らが手加減したのだと腑に落ちる。



「何を言っている。ドラゴンは敵だ!皆殺しだ!」


 ドラゴンに強い憎しみを抱きながら、崖を登り切ったグレンがそう言い放つ。


「待て、グレン。お前の子供と奥さんへの呪いはアリスが……」


「コロス、コロス、ドラゴンヲコロスゥゥゥゥウ!」


「どうやら戦うしかないようだな」


 グレンを正気に戻すため、クラインの制止を無視し、マリアが剣を持ち、槍を構えたグレンに突っ込んで行く。そんな彼女を見て、ドラゴンをかばう様な人間も敵だと怒りに任せたグレンは槍を勢いよく彼女に向かって突き刺す。


 だが、一般人の域に過ぎないグレンの槍はボーガンとの模擬戦を受けているマリアに届くはずもなく、宙をつくことになり、マリアの一振りで穂先が斬られ、続いての斬撃に回避させる隙も作ってもらえず、腹に一太刀入れられてしまう。


「安心しろ、傷は浅いはずだ。誰かに回復魔法を使ってもらえば、傷口も目立たん。もう一度言うぞ、ドラゴンは敵ではない!」





(このままでは息子も妻も……!)


 グレンは自分の信じたい結論のため、マリアの言葉に耳を塞いでいた。ドラゴンを滅ぼせば、息子も妻も救える。自分がどうなろうとその後の生活がどうなろうとそんなのはどうでもいい。ただ、妻子を救いたいという心だけが、グレンを突き動かしていた。


 だが、目の前の女はドラゴンを倒しても妻子を救えないと言っている。だったら、どうすればいいのだとグレンは自分の心に問いかける。


 ……力が欲しいか?


 誰かの言葉が消える。それは力を求めているグレンには必要な言葉だ。


(ああ、力が欲しい)


 ……ククク、どのような力だ?


(ドラゴンを滅ぼす力だ)


 ……それだけでいいのか? 目の前の人間も邪魔だぞ??


(……滅ぼす力だ)


 もう一度聞こう、どのような力だ?


(……すべてを滅ぼす力だ!)


 アハハハハ、気に入ったぞ、哀れな男よ!ワシの力を受け取り、奴らに復讐せい!!




 グレンの足元にどす黒い魔法陣が描かれていく。それはビーストキングとなる直前のシルバーと同じ予兆だった。マリアは考えうる中で最悪の事態に歯噛みしながらも、剣を構える。


 グレンの腕と足が大きく膨張し、手足からはなんでも切り裂けそうな鋭い爪へと変貌していく。背中からは禍々しい漆黒の翼が生え、頭部は2本の角が生えたドラゴンのものへと姿を変えていく。ドラゴンを呪った人間の末路がドラゴンになるのは皮肉としか言いようがない。


(あれくらいならば、セイクリッドテンペストが使えなくてもクラリスと協力すれば……)


 マリアは素材が一般人のせいでシルバーのビーストキングよりも格下であると判断し、魔力が回復しきれていない自分でも倒せると考えていた。だが、事態は急変することになる。元グレンのドラゴンの頭上に青黒い宝石が転移してきたからだ。


「転移魔法を使えるドラゴンだと!?」


 転移魔法は魔法使いでも使用が困難な魔法だ。一瞬で目的地に着けるというメリットはあるが、制御に少しでも間違えると、上空1000mからのフリーフォール、地中や海中に出て窒息死などしゃれにならないことが起こりやすい。そのため、賢者とでも呼ばれている魔法使いでもない限り、まともな運用はできない。だからこそ、ドラゴンが使用するのはおかしいのだ。


 ドラゴニウムの結晶体から自分の魔力を吸い取ったドラゴンはさらに巨大化し、そこいらのドラゴンが子犬のように見え、忌まわしい結晶体を握り壊す。そして、あまり余った魔力で、天空に巨大な眼のようなゲートを作り出す。


「マリア、一体、何が起ころうとしている!?」


「……あれは冥界の門だ。あれが開いたとき、生と死は入れ替わり、この世界は魑魅魍魎のものになる。それを止めるには術者を倒して、門を破壊するしかない」


 だが、切り札が使えないこの状況下でそんなことは可能なのかとマリアは思う。ドラゴンの足元からはゾンビが這いつくばって、マリアたちの方に向かっている。唯一の退路もドラゴンのすぐ近くにあり使用はできない。


「マリア、並びに魔術学園の生徒諸君に告げる。我々は生き延びるためにドラゴンたちと協力し、悪しき邪龍と戦闘を行う」


 生徒らの前に出たクラリスが剣先を邪龍に向けて突き付ける。


「ギルド長ではないが、邪龍を災害級と判定し、災害級邪龍アンデッドドラゴンと名称を付ける。各員の健闘を祈る。戦闘……開始だ!」


 マリアとクラリスがアンデッドドラゴンに向かい、周りのドラゴンと生徒たちが彼らの道を作るため、得意な攻撃魔法やブレスでゾンビを次から次へと葬っていく。

 そんな人とドラゴンが共に戦う光景をエンシェントドラゴンは静かに見守っていた。

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