第11話 冥王降臨

 クレアたちがエルフの村にたどり着いたのは日がまだ昇っていない早朝だった。予想以上の早さに抱き抱えられたクレアは舌を巻く。抱かれている間、クレアはアリスにマリアのことはぼかしつつ自分の推理をはなした。


「そもそもワイバーンとはいえ、ずぶの素人がドラゴンと戦っているのに負傷者が少なすぎるのよね。クラインも引っ掛かりは覚えてはいたけど」


 彼らもまた別の観点でこの件の矛盾に薄々とは気がついていたらしいが、任務という謳い文句で見てみぬ振りをしていたらしい。一応、辻褄は合っていたからだ。


 エルフの村に着き、村長に集落にかけられている呪いについて話した。それを聞いた村長はナントと驚いた様子で目を大きく見開いていた。


 呪いについて詳しく聞きたいと聞かれ、アリスは土魔法でグレンの息子の入れ墨、もとい呪いによって浮かび上がった痣をこと細かく地面に描いていく。


「その呪印は間違いなくダークアースカースと呼ばれる呪いの1種じゃ。呪いの対象を人ではなく土地にすることで、無差別かつ呪われた人物にいくら治療を施しても呪い殺す、恐ろしい呪いじゃ」


「土地が間接的に呪い殺しているようなもの。そこに住んでいる限り、呪いは解けないということでよろしくて」


「うむ。だが既に呪われた人間がいる以上、逃げても今更じゃ。元凶となった呪いそのものを払わなければならん」


「解呪とか悪魔払いはあたしも簡単なのはできるけど、専門職じゃないわよ」


「ここまで強い呪いなら術者は生きておるはずじゃ。ならば、お主らでも対抗はできよう」


「それは良いけど、肝心の術者がねぇ」


「怪しい場所があれば良いのですけど。ここ最近、特に呪いが出始めた時期に何かなくて?」


「ふむ。そういえば、最近、ドラゴニウムの発掘現場が静かじゃのう。まあ、人手がドラゴンとの戦いに取られているから当たり前じゃがな。では期待しておるぞ」


 長老がそう言い残して、自分の家の中へと引き返していく。ドラゴニウムの発掘現場、そこに何かしらの手掛かりを探して向かうことにした。



 ドラゴニウム発掘現場は異常なまでに静まりかえっていた。ヘルメットやツルハシ、台車が放置されたままになっており、プレハブ小屋には書きかけの書類が無造作に置かれていた。


 クレアはその書類に埋もれていた一冊の日誌を見つける。日誌に書いてある最期の日付はドラゴンたちと対立した日に近い。


『また仲間が倒れた。次は俺に違いない。もうおわりだ。帝国から金貰ったからってあんなことしなければこんなことには。あのなかはやつらのすだ。じじじじか んだ。お れ も(この先は文字すらなっておらず読めない)』


「一体なにをしたのかしら?」


 クレアは、過去のページをペラペラと漁っていきそれらしいページを見つける。


『やった!あれさえあれば、俺たちは金持ちになる。あんな馬鹿でかいドラゴニウムは見たことがねぇ。かなり奥深くにあって取り出しにくいし、古い地層のせいか少し黒くなっている。だが、そこは炭鉱マンの腕の見せ所よ!』


『あのドラゴニウムにツルハシを入れた瞬間、黒いガスが吹き出た。何かヤバいと思った俺たちは避難することにした。あれの存在を知っているのは俺たちと雇い主だけだ。何かあったとしても村の連中にばれなけば捕まることはねぇ』


『雇い主から採掘の命令が下った。まあ、ガスもこんだけ時間が空いてたら、拡散されていろうだし、あのドラゴニウムを放置したままってのも気持ち悪いからな』


『おかしい。最近、意識が飛んでいる時がある。でも、ドラゴニウムさえあれば幸せになるんだ。時間だ。な ん の ?』


「黒いガス、これが原因と見た方がいいわね。アリスさん、そちらは何か見つかりまして?」


「こっちはなんか子供のラクガキがみつかったけど……」


 アリスがクレアにラクガキの紙を見せる。そこにはデフォルメが効いたライオンにさいきょーと描かれていた。最近、その絵にそっくりなナマモノ、いや機械を見たことがあるとクレアは思った。雇い主がわかったところで、どこかへと吹き飛んだ博士と助手の行方など知る由もないし、知りたくもない。


「まあ、それは今は関係ないと断定できますわ。こちらは日誌を見つけて原因らしき記述が書いてありましたわ」


 クレアはアリスに問題と思われるページを見せる。それを見たアリスも「それが原因で間違いなさそうね」と同意した。


「ただ問題は発掘現場という名のダンジョンに入るのに後列組しかいないってのは問題よ。そりゃあ、前衛張れと言われれば出るけど、本領は後列で支援する側だし」


「そうですわね、いったん戻って誰か連れて戻ってくるにしても時間の問題が……」


「そう。こんな辺鄙なところに来るような接近戦が得意な、Aランクと言わないからBランクくらいの前衛張れる人が来ればねぇ」


「そんな都合よく……」


 クレアがそう言いかけた時、プレハブ小屋のドアがギギギと音を立てながら、ゆっくりと開けられる。日誌の内容が本当なら、まともな従業員はいないと思われる。つまり、開けているのは敵と考えられ、アリスとクレアは敵の出方を見つつ身構える。


「すいません。エルフの村ってどっちに行けばわかります? ってあれ??」


 外から来たのは先のビーストキング討伐時に一緒に戦ったアイアンだった。アリスは身構えたままだが、かつての仲間に、しかもこの場でちょうど欲しかった人材に出会い、手をおろす。

 彼が言うには謎のエルフを探しに森の中に入ったが遭難して、とりあえず山を目指して歩いたらプレハブ小屋が見つかって、中から物音が聞こえたので人がいると思ってドアを開けたらしい。そして、こちらの事情もかい摘みながら、アイアンに説明した。


「前衛職が居ないから、戦力が不安と。良いぜ、せっかく再会したんだ。これくらい手伝わねぇとな」


「あら、ギルドから直接受けた依頼じゃないからただ働きになる可能性大だけど良いの?」


「ん? 金ならシルヴァのときのでたんまりあるし、そこの嬢ちゃんにはいろいろと恩があるしな。前衛職くらい務めるさ」


 というわけでアイアンがパーティに加わり、発掘現場に足を踏み入れる。中は真っ暗だと思い、たいまつを用意してきたが、魔石を利用した灯りが道なりについており、視野の確保は容易のようだ。とはいえ、手入れが行き届いていないため、いつ灯りが消えても大丈夫なようたいまつの灯りは消さないようにした。


 しばらくするとドンドンと音が聞こえる。一人二人程度ではなく複数の足音だ。曲がり角からこっそりと覗いてみると、腐って異臭を放つ死体がそこらかしこによぼよぼと歩いており、奥から赤い鉱石を運んでいた。


「どうやらこの奥に目的地があるようだな。これだけの数だ。隠れながらの移動は無理だ。クレア、以前使ったアイスウェーブで一気に片をつけれるか」


「天才美少女のわたしでもこれだけの数を一度には無理ですわ」


「というわけであたしの番ね。風よ、雷鳴轟き、吹きすさぶ嵐となれ!ライトニングストーム!」


 ゾンビたちに向かって雷交じりの嵐が巻き起こり、あるものは雷に焼かれて死に絶え、あるものは嵐によって筋線維がズタボロに引き裂かれ、行動不能になっていた。これほど強力な魔法を打ったにも関わらず余裕しゃくしゃくと言った感じで、軽やかなステップでさらに奥へと進む。


 奥に進めば進むほど湧いてくるゾンビに辟易していたところで、赤く光る身の丈の何倍あるのかという巨大なドラゴニウムの結晶体が不気味に発掘されていた。ドラゴニウムの結晶体の周りには足場が設置されており、そこから少しずつ削り取って運んでいたらしい。


 そんな様子を見ていると、ドラゴニウムの結晶体から黒いガスが噴き出て、集まってくる。そして、それがスライムのように形を変化させていく。ヤギのような頭蓋に、体系は人間の形をした骸骨姿、空洞部には黒い瘴気が渦巻いている。そして、ぼろぼろのマントを着ているが、彼が羽織ることで威厳ある姿へと変えている。その身体はドラゴニウムの結晶体よりかは小さめだが、人間からすれば十分に大きい。


「生きた人間がここにくるのは久方ぶりか? この土地ごとワシの国にするのに呪いをかけたのは稚拙じゃったか?」


「A級冥王リッチ……実在していたの?」


 リッチ、それは死霊の王の名であり、太古の賢者の成れの果て、怨念によって生まれた存在等言われているが、その正体は謎に包まれており、目撃情報もそのほとんどがデマということもあり、非現実のものと考えられていた。そのため、A級判定のまま長い時が流れている。


「女2人に男1人……男の方はいい労働力になる。女は腐りゆくまで愛でるとしよう」


「残念ですが、お断りですわ。アイスニードル」


 クレアの先制攻撃で相手の出方を伺おうとする。だが、リッチはそれを意図もせずわざと手で受ける。そして、ほんのわずか欠けたところがすぐさま修復され元の姿に戻る。アンデッド特有の自己修復能力だ。修復速度よりも早く致命的なダメージを叩き込むのが定石だが、先の自己修復から見るとそれすらも困難のようだ。


「なら一撃で倒すしかねぇな。俺がかく乱するから、アリス、攻撃は任せたぜ」


「そのまま突っ込むより、こうしたほうがまだマシよ。炎よ、仲間の剣に宿りて、邪なものを焼き払え!」


 アイアンが持っていた剣に炎の力が宿る。それを見て、アイアンはかつての仲間の顔を思い出す。フラン、本名フランソワ・スカーレット。シルヴァの裏切りに合い、命を散らした女性だ。だが、死んだ彼女で感傷に浸っている場合ではないと久しぶりに握る火炎剣を強く握りしめる。

 ドラゴニウムの周りに設置された足場にシュッシュと飛び移り、リッチの右肩部付近が見える足場に移動していく。


「くらいやがれ、ヤギの化け物!火炎剣!」


 リッチの右腕を切り落とそうと、足場から飛び降り、勢いに任せて叩き切る。切口からは炎が噴き出て、やったかと思ったが、すぐに炎が収まり、元の腕に再生していく。相手の脅威度を測り終えたのか、ふうむと頷き、手を前に突き出すと数多くの黒い魔導陣が次から次へと浮かび上がっていく。


「滅びよ、ダークストーム」


「皆さん、私のそばに!アイスウォール」


「あたしも!アイスウォール」


 3人が2重の氷の障壁の後ろに隠れて、黒くてまがまがしい闇の竜巻をやり過ごそうとする。だが、黒い竜巻をそれらをゴリゴリと削り取り、三人を後方の壁へと叩きつける。手をついて立ち上がろうとするが、絶望的な戦力の前に身体が言うことが効かない。


「ほう。まだ生きているとは。まあ、これくらいのダメージにしたほうがアンデッドにした際の美しさが際立つというもの。まずはそこの小娘からとするか」


 リッチの巨大な手にクレアがつかまり、握りしめられ、ぎりぎりと圧迫されていく。そして、目の前に黒い靄が広がり、これから体内に侵入しようとしてくる。もう、打つ手がないクレアは目を閉じて



 お父様、お母様、ふがいない娘ですみません。


 ボーガン、あんたの言うこともう少し真面目に聞いていればよかったわ。


 ソフィー、マリア、貴方たちのこと勝手にライバル視してごめん。


 アイアンさん、アリスさん、先に行くわ……



 自分の命を諦めようとしたとき、懐から赤い光が漏れだす。


「この光は!?」


 リッチは慌てて、その手を放す。クレアは懐に合ったペンダントを取り出すと赤い宝石がサンサンとその輝きを増していく。そして、アクセサリー屋のおじさんの話を再度思い出す。


(ドラゴニウムは魔力を封じ込める性質を持つから災い封じの魔石と呼ばれた)


 果たしてあのリッチには実体というものはあるのだろうか。そして、あの日誌にはドラゴニウムから黒いガスが出たと記載されていた。そして、目の前にあるドラゴニウムは黒ではなく赤。つまり、あのリッチはドラゴニウムに封印されていた。実体を捨てて永遠の命を得たからこそ致命的な弱点になったのでは?


 唯一見えた希望。それは英雄が残したものではない。ただの一般人が紡いでいき、クレアが希望という形にまとめ上げたのだ。ならば、その希望にすべてをかけるしかない。


「アイアンさん、アリスさん!これが私のラストアタックですわ!アイスニードル・フルバースト!!」


 ペンダントを投げつけ、魔力を全力で込めたアイスニードルがそれをリッチの胸元へと突き刺そうとする。この一撃を受けたら不味いと思ったリッチは手で巨大な氷柱をつぶそうとする。


「おっと、俺のこと忘れたら困るぜ!」


 氷柱の上を駆けていたアイアンの脳裏には、行って来いと言わんばかりのフランの顔が浮かび上がる。


「お嬢ちゃんがレーラントイチの天才美少女なら俺は火炎剣を使ったら、Bランクイチの使い手だァァァァア!」


 アイアンは自分の魔力をすべて火炎剣に注ぎ込み、巨大な炎の剣に変貌させる。そして、リッチの両腕を一振りで切断する。そして、アイスニードルがリッチの胸元に突き刺さり、リッチが後ずさりし、ドラゴニウムと接触する寸前で止まる。それにリッチはニタリと笑う。


「残念だったな、あともう少しでワシを封印することができたのに惜しい。惜しい」


「あら、あたしのこともお忘れ? それともリッチはロリコンなロリッチだったのかしら」


 2人の攻撃の間に白い光を放つ魔法陣の展開は終わっている。後は文字通り叩き込むだけだ。


「光よ、守護者の拳となりて、邪なものを打ち倒せ!鉄拳聖裁、ギガントナックル!」


 目の前の魔法陣に自分の拳を殴りつけるとリッチの半分程度の大きさの巨大な青白い拳となって襲い掛かる。体内に埋め込まれたドラゴニウムに己の魔力を吸収されているリッチはドラゴニウム内に押し込まれていき、抜きだそうともがくが、徐々にその身体を引っ張られて行かれる。


「グググ……だが、勝ったと思うな!人に負の感情がある限りワシは何度でも復活する。な・ん・ど・で・も・だ!」


 辞世の句を残し、ドラゴニウムに吸収され、自分たちの攻撃で弱体化したなのか呪いをかけ続けていた代償なのか真っ黒ではなく青黒い光へと変貌していた。


「もう動けねぇぜ」


「私もですわ」


「あたしもクタクタ。これでゾンビが襲ってきたら最悪」


 アリスにそう言われて二人は辺りを見回すが、ゾンビどころか生き物の様子すら感じられない。とりあえず軽めの休憩をとった後、洞窟内を出ることにした。


(こっちは呪いを解きましたわ。そっちが失敗したらただではおきませんわ)


 クレアはアリスに抱かれながら、姿の見えないライバルの身を案じるのであった。

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