第10話 子供たちの戦い
クラインたちが昨日の襲撃のことを話す少し前、マリアが階段を登りきると、目の前には朝日に照らされた草原が広がっており、霞かかっているが、それがこの場に似合う幻想的な雰囲気を演出している。また中央部にはきれいな泉が湧いており、ドラゴンたちの水飲み場になっている。
そして、右を見ても左を見ても色とりどりのドラゴンがのんびりと暮らしている。中には親子連れと思われるドラゴンさえいる。
マリアに気が付いた濃い緑色のドラゴンがゆっくりと近づき、その首を垂れる。マリアはそのあまたをやさしくなでると、ドラゴンは嬉しそうに鳴き、どこかへ飛びたった。
古代から人と歩んできたドラゴンは人懐っこく、友好的なものが多い。そんな彼らが敵意を向くのはドラゴンの卵や子供を盗んだときくらいだろう。それを知っているマリアからすれば、ここにたどり着けないとグレンが明言した時点でおかしいと判断できたのだ。
(問題はあの呪いをかけた第3者が何者かだが、それはクレアに任せるしかない)
聡いクレアなら、自分の行動と照らし合わせて少なくとも病ではなく呪いと判断すると考えた。それ以上の真意に気づけばさらに良いのだが、そこまでは求めていない。姿なき襲撃者、人とドラゴンの間に亀裂を生じさせようとするナニカ。そのナニカの陰謀を阻止するには人をここに入らせてはいけない。
今まではソフィーを守るため、人としても人間の味方になっていたが、今回は円満な解決のため人間の敵となることを誓った。親しい間柄との戦いはソフィーにとって辛い経験になるかもしれないが、理由を知ればきっと彼女も望むとマリアは思った。
そして、しばらく歩いていると白い石でできた厳かな神殿が見えた。ドラゴンがトンテンカンと建築するはずもないだろうから、古代の人々がドラゴンのために作ったものに違いない。
歴史学的に重大な遺産にマリアは何の気後れもせずに入っていくと、神官か護衛のように控えているドラゴンと白く金色の模様が描かれた古より語り継がれ、今なお生きている古龍-エンシェントドラゴンが静かに横たわっていた。
古龍がその青い眼でじっと懐かしむかのようにマリアを見つめながら、彼女が近づいているのを待つ。神官竜たちは使えている主がおとなしくしていることから、マリアを引き留めたりする素振りすらしない。マリアはエンシェントドラゴンにそっと触れる。
(魔力が淀んでいる…もうこのドラゴンは…)
例え回復術者を複数連れ込んだとしても、すでに手遅れだった。それほどまでに衰弱している。寿命なのかそれ以外の要因なのかまではマリアにはわからないが、ただ遠くない日にこの龍は亡くなる。それはドラゴンでさえ逃れることができない命の運命(さだめ)だった。
神殿を後にし、マリアはソフィーに戻る。ソフィーは辺りを見回し、「ここどこ!?」と驚く。目が覚めたら、敵のはずのドラゴンがいっぱいなのだ。しかも彼らは攻撃する素振りを見せない。そのため、マリアから詳しい事情を聴くことにした。
マリアから事情を聴いたソフィーはちょっと辛そうな顔をし、みんなが幸せになるならと決意を固めるが、具体的に何をすればいいのかわからない。
そんなとき、ドラゴンがこっちについてこいと言わんばかりに首を振り、ソフィーはそのあとをつける。先ほどの水飲み場よりも小さな泉につくと、ドラゴンが吠えると水面に人の姿が映し出される。
40代くらいの男性でギルドから派遣された第二次調査隊隊長、アイザックは困窮していた。いくら歩いても分かれ道が続き、もはやどこに向かっているかさえわからない。
コンパスはこのあたりの地質のせいかぐるりぐるいと回りだし、意味をなしていない。食料はとうの昔につき、わずかな水とそこらの小動物を寄生虫による食あたり覚悟で食べている始末だ。
(グレンダ、ミーア…すまない。私はここまでのようだ)
部下ともはぐれ、もう手足が動くことすら困難だ。ここまでの間に見かけた第一次調査隊の餓死死体のように自分もその一つになるのだと確信していた。だが、それでも頑張って歩こうとしているのは動いている限り、生きているのだと実感できるからだ。
そして、立ち上がろうとしたら足に力が入らず尻餅をつく。もうここまでかとあきらめていた時、その感触が岩肌とは異なる感じだった。そして、体こと跳ね返る。そしてお手玉でもされているかのようにぴょんぴょんと跳ねていき、目の前に網膜を焼き尽くさんと感じるほどのまぶしい光が差し込む。
洞窟の外にミイラのようになった男性が急に出てきたせいか徹夜で結界やぶりをしていた最中のアリスはぎょっとし、思わず黒光りするGがでてきたような「きゃー」という叫び声を上げてしまった。
それをクラインからの報告でそのことを聞いたクレアと生徒たちはソフィーがドラゴン側についていることを察する。プロテクション&リフレクションを自由自在に使いこなしているのはピンボール娘、改めてお手玉娘のソフィーくらいだろう。
生徒らがソフィーがドラゴンについている理由についてあれやこれやと話している。「連れ去った女性に脅かされた」とか「実は古の巫女の末裔だった」とかクレアからすれば的外れも甚だしい。しかし、これで状況的にも自分の推理が間違っていないと判断でき、これからの自分の行動を決めることにした。
(何をしようともまず情報が足りませんわ)
ここにいても何の情報を得られないと思ったクレアは外に出て集落内を見て周る。図書館のような施設があれば、調べることができるが、このような集落には存在しない。
「お嬢ちゃん、このペンダント、今なら安くしてあげるよ。こほっこほっ」
アクセサリー屋のおじいさんが赤い宝石がついたペンダントをクレアに見せて、買わせようとする。あまりにもしつこいので、ビーストキング討伐報酬からすればはした金で購入することにした。赤い宝石に少し魔力を通すことで、青や緑色に変化する面白い素材だった。
「そういえば、これと同じようなペンダントをグレンさんが身に着けていましたわ。この名産品ですの?」
「そりゃあ、ドラゴニウムといえばここくらいでしか採れないからね」
「詳しく聞かせてもらえないかしら」
赤い鉱石、ドラゴニウム。それは原理は不明だが、魔力を蓄える性質を持つことが転じて災い封じの魔石とも呼ばれるようになり、古代の人々はアクセサリーとして身に着けていた。だが、近年はその性質を利用して、魔道具の蓄電池やコーティング剤として採用されるようになり、出力が不判定な魔法を毛嫌いしている帝国に出荷されることが多い。
今回の件とは関係なさそうだが、クレアは一応気に留めておくことにした。だが、他にも何人かの話を聞いたが、めぼしい情報は一切なかった。
(Aランクの人たちはあの男性から内部の情報を少しでも聞き出してから万全の準備をしたいはず。1、2日で治るような感じではなかったとはいえ、あと数日がリミット。それ以上はいつ戦いが起こってもおかしくないわ)
落ち込んでいる暇はない。今は何があっても前進するしかない。信じてくれているライバルのためにも。だが、これ以上の情報をどうやって? と思案していく。
(パンはパン屋。ここにいる人よりも情報を多く持っていそうな人と言えば……)
クレアは閃く。ここに来る道中で出会ったエルフたちのことを。渓谷にほど近い森に棲んでいる彼らなら、もしかすると何らかの異変に気が付いてもおかしくない。それに古くからの知恵で自分たちの知らない解呪方法があるかもしれない。そう考えたクレアは集落から抜け出す算段を考えた。
深夜、クレアはこっそり宿から出て、集落から出ていこうとしたとき、「待て」とクラインから声をかけられる。
「何処へ行く気だ?」
「あら、子供一人何処に行ってもそちらの業務に支障はないでしょ?」
「こちらは学園から、お守りを任されている。勝手な行動は慎んでもらいたい」
「……私がおとなしくすれば、この場は丸く収まるかもしれませんが、節穴の貴方たちではこの任務を丸く収めることはできませんわ」
「何を言っている? 俺たちが節穴だと!?」
「あら、節穴を節穴と言って何が悪いですの?」
クラインはおほほと不敵に笑うクレアを見て、自分たちの行動を振り返る。戦闘員の自力の底上げ、女神(仮)の追尾と交戦、生存者の介護…イレギュラーはあったが、どれをとっても落ち度はない。任務内容にも間違いは存在しない。だが、目の前の少女は節穴だと指摘している。
「クレア・アークライト、確か君は女神と呼ばれる女性と一緒に災害級魔獣と交戦したと報告を受けている。君は俺たちの知らない方法で彼女とコンタクトをとったのか?」
「コンタクト? そんなものは必要ありませんわ。私と彼女はライバルですもの」
「ら、ライバル?」
クラインが困惑している様子でその言葉を繰り返す。圧倒的な戦力を覆した女性をライバル視するような人間はそう多くないというよりいないだろう。だが、この少女はライバルと言い放ったのだ。それが当たり前だといわんばかりに。
「ライバルなら手の内は容易にとれるもの。彼女は余計な被害をなくすために戦っている。なら、私はそれに応えないといけませんわ」
「……アリス。いるのはわかっている」
クラインがそういうと岩陰に潜んでいたアリスがひょっこり現れる。
「呼ばれて、出てきて、ジャジャジャジャーンっと。この子を連れ戻せばいいの?」
「逆だ。この子の面倒を見てやれ。生存者がまともに回復するまであと数日はかかる。そこから準備を整えたらそれなりの時間はかかるだろう。その間、俺たちは足止めになる」
「タイムリミットは作戦行動に移るまでってわけね。了解」
「クレア・アークライト、アリス・バーナード両名に告げる。このドラゴンと人との戦いを止めるため、集落外で原因究明並びにその解決にあたってもらう。これはギルドからの依頼ではなく俺個人が下した命である。すべての責任は俺がとる。各員、作戦行動に移れ!」
クラインの号令と共に、アリスはクレアを抱きかかえて、強化魔法を使った高速移動を行う。クレアが同じことをするよりもそちらのほうが速いからだ。復路も考えると残された時間はわずかしかない。
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