第9話 騎士団との出会い

 ヴェントキャニオンは標高が高く、空気が薄いため、すぐにゼーハーゼーハーと息切れを起こしてしまうため、こまめに休憩と水分補給をとっていた。そのため、今回のフィールドワークの現場となる集落に着いたのは夕暮れときだった。


 集落につくと、首から赤い宝石のようなものがついているペンダントを身に着けて30代くらいのガッチリとした青年が生徒たちを出迎えた。目つきは険しく、いつでも戦場に出ることができるといわんばかりだ。


「竜種討伐部隊を率いているグレンだ。Aランクのハンターは若者の訓練で留守にしているが、直に戻る。それまでの間、村の案内をしよう」


 今日から、泊まる予定の民宿や市場では怪しげな漢方薬を売っている店、コダインでもあったよくわからない民族風の小物がぽつぽつと並んでいた。


「いつもならいろんな店があるのだが、今はドラゴンの被害で店すら開けられなくなった人がいるんだ」


 グレンがそういうと村にカンカンと警報の音が鳴り響く。北の方からドラゴンの先兵であるワイバーンが飛来してきたのだ。通常、ドラゴンはそこらの鉱石よりも硬く魔力を帯びた鱗で覆われ、高温のブレスを放つ。


 一方で、ワイバーンはドラゴンよりも小型で、竜の鱗もドラゴンよりかは性能が落ち、ブレスを吐くことはほとんどないとほぼ別物になっている。ただし、繁殖能力はドラゴンよりも高く群れで襲うことが多い。


 そんなワイバーンが十数頭群れをなして、集落へとバサバサと大きな翼を羽ばたかせて、敵を目定めるかのようにゆっくりと近づいてくる。ワイバーンが集落の郊外に着地して、威圧させるかのように大きな雄たけびを上げる。

 それが合図となり、リーダーのグレンが背中に背負っていた槍を構え、ワイバーンの土手っ腹に突き刺す。


「死ね、ドラゴン共!貴様ら、全員皆殺しだ!」


 それは強い怒りと憎しみが籠った目だった。冷静さを欠いたバーサーカーのごとく、自分へのダメージを気にもせず、ただ血まみれになりながらワイバーンを葬っていく。そんな鬼気迫る彼に対抗せんと生徒たちは魔法を放っていくが、ワイバーンは気にもしなかった。


 まともなアタッカーがグレンだけという危機的状況に先頭を走る若い男性と女性、その後方に若い村人たちが応援に駆け付けた。男女は同じ制服を着ており、胸には騎士団の所属を示すユニコーンの紋章がついていた。


「遅れてすまない。状況は」


「あと10匹ほどだな。ガキは使い物にならない」


「だろうな。アリス、お前も戦線に出ろ」


「アイアイサー!」


 アリスがバキバキと拳を鳴らしながら、自身に強化魔法をかける。そして、ワイバーンの視界から一瞬にして消えるほどの速さで背後を取り、頭を思いっきり殴りつける。脳震盪を起こしたのか、その場でぴくぴくとしか動かず、とどめは村人にさせて、アリスは他の獲物に飛びかかっていく。


 一方で、クラインは手に持った細身の体に似合わない大剣でワイバーンの首を切り落としていく。涼しげにしていることから、彼はまだ本気を出していないように見える。彼らの到着により、ワイバーンはあっという間に全滅し、村への被害は0に抑えられた。



 グレンから、最後に教えていなかった場所があると、村から少し離れた場所にある洞窟へと案内された。


「ここは迷いの洞窟と呼ばれるダンジョンで入ったものは二度と帰ってこれないという曰くの場所だ。だが、ここを抜けるかワイバーンが見張っているこの断崖を登らないとドラゴンの巣にはたどり着かない」


「ギルドにここの調査も頼んだが、第1次調査隊、第2次調査隊共に通信が取れない。あまりにも危険だということでたまたまギルドに立ち寄った俺たちにお鉢が回ったというわけだ」


「まあ、こういうときのために訓練しているんだけどね」


「さすがに君たちにここの調査をさせるような真似はしない。君たちには俺たちが留守にしている間、ワイバーンと戦闘している村人のバックアップについてくれ。何も戦闘は攻撃魔法だけで決まるわけじゃない。補助魔法を使いこなしてこそ一人前だ」


 クラインの説明にドラゴンとやりあうような真似はなさそうだと一安心していると、妙に苛立っているグレンがふんと嘲るかのように言う。


「こんなガキがウロチョロしていたら足手まといにしかならんだろうがな」


「ですが、人手不足は否めません。ここはいがみ合うより協力したほうがよろしいかと」


「協力する気など毛頭もない!ついてこい!」


 グレンが村にある自宅へと向かうと、そこには尋常でないほどの汗を流し、肉がわずかにある程度の小さな男の子が苦しんでいる姿があった。寝かえりをうった時服の隙間からちらりと入れ墨らしき模様が見えた。


「俺の娘はこの謎の病気で先日亡くなり、息子は打つ手ないまま死のうとしている。この病気が流行りだして、ドラゴンが襲い掛ってくる!奴らが何かしたに違いない!この気持ちがきさ…」


 グレンがその先の言葉を言おうとしたとき、カシャーンと皿が割れるような音がした。グレンの脳内にはまさかと最悪の状況を浮かべる。そしてそれは現実として起こった。グレンの奥さんと思われる女性が先ほどの男の子のように尋常でない汗を流している。


「サラァァァァア!」


 グレンの慟哭はむなしく、村の医者から彼女は流行り病であることが認定された。



 皆が寝静まった後、マリアはソフィーに身体を貸してほしいと頼み込んだ。


(別にいいけど、理由を聞いてもいい?)


(ああ。グレンの息子の様子が気がかりでな。それにドラゴンがここまで敵意を向けるのも明らかにおかしい。何か致命的な見落としをしているようにしか見えない)


(そうなんだ。私が考えても何もわからないと思うし、お姉ちゃんなら大丈夫って信じているから)


(ああ。最善の結果を出そう)


 光ができるだけ漏れないようシーツにくるみながら、変身を完了する。夜中に金髪の髪は目立つこともあり、シーツを使って簡易のフードとマントにした。グレンの家に忍び込んだグレンの息子に接触する。隣には妻も寝かされているが、病気の進行が早い彼から見ることにした。


 息子の服をチラリとめくり、入れ墨部を見る。それは黒いミミズのような線が無数に走っていた。


(この入れ墨はおそらく…ということは薬草では治らないのも理由がつく)


「誰だ、そこで何をしている!」


「ちっ、バレたか!」


 妻子の様子を見に来たグレンによってマリアが見つかってしまう。マリアはすぐさまグレンの懐をくぐり抜け、集落の外へ向う。自身の速度には自信があるマリアだったが、後方からついてくる2名の存在を感じる。


「魔力が回復しきっていない状況でAランク2人はさすがに分が悪すぎる。なら、あそこにいくまで逃げ切るのみ!」


 じわじわとその差を詰めてくる二人にマリアは二人に向けて魔法を放つことにする。マリアは呪文を唱えると手の中に光の球体を作り上げる。


「パーティクルレイ!」


 球体から放たれた数十本の光の矢が、あるものは速く、あるものは遅く、あるものはまっすぐに、あるものはジグザグにと不規則な動きをしながら襲い掛かる。だが、彼らはそれを苦もせずに潜り抜け、マリアとの距離をさらに詰め、攻撃範囲まで詰め寄る。


「話はあとで聞かせてもらうぞ!風よ、我が剣に宿れ!疾風剣!」


「前方不注意はだめよ!」


 前門のアリス、後門のクライン!片方を対処すれば、もう片方を対処することはできない。ならば、マリアのとる道は一つしかなかった。マリアは両手にいつもの剣を精製し、どちらの剣(拳)を受けとめる。


 こればかりは驚いたのか彼らはいったん、距離を取り始める。だが、彼らはさらに驚く羽目になった。先の戦闘の衝撃でシーツがめくれ、飛んで行ったことでマリアの姿があらわになったからだ。


「金髪の髪に紅い眼…!?」


「うそーん、噂の女神様がなんでここに!?」


 二人が衝撃を受けている間にすぐさまマリアは移動する。ここまで来たら目的地であった迷いの洞窟までわずかであった。入口にビーストキングの雷撃を防いだ時と同じ結界を張り、彼らの侵入を拒む。そして、マリアは迷いの洞窟の内部へと入っていた。


「アリス、結界やぶりは!」


「もうなによこれ!破るのにすごく時間かかる作りにしちゃって」


(…女神が人を襲うようなドラゴンに何の用があるというのだ)


 災害級魔獣に対し、死者0という奇跡を出した女神。彼女に任せていれば、この案件もこれ以上の死者を増やさずに済むのではと一瞬浮かんだ妄想を振り払い、クラインはアリスの結界やぶりができるまでおとなしく待つことにした。


 マリアは追手が来る気配がなく、一安心した。ビーストキング戦で消費した魔力が戻っていないマリアはこれ以上の戦闘を避けたかったからだ。洞窟内は薄暗くあらゆる方向に道が分かれており、一度でも迷えば抜け出せないほどに複雑怪奇になっている。


 だが、マリアは己の直感を頼りに歩いていく。道がこっちだ、あっちだ、そっちだと誘っているように見えてしまうが、それらは人を惑わすためのもの。惑わされなければ、マリアのように頭頂部へと通じる階段がある部屋に出てくる。


(さて、ここまでは順調に来たが、この任務を円満に終わらせるには二つのことを同時にしないといけない。こっちは私と「私」がなんとかするとしても、そっちはまかせたぞ、クレア)


 自分をライバルと言い張る少女に重大な仕事を押し付ける。きっとあの少女なら、自分の真意を読み取ってくれると信じて、マリアは長い階段を駆け上がっていく。




「昨晩、金髪の女性が集落に侵入し、グレンさんの息子に何らかの行為をしようとしていたところをグレンさんが見つけ、俺たちが追跡・交戦をしたが、残念ながら迷いの洞窟内に逃げられてしまった。また、女子生徒1名が行方不明になっていることから、その女性が連れ出した可能性が高い」


 周りの生徒がソフィーちゃん大丈夫かなと身を案じている中、クレアは思った。「その女性、マリアさんでは?」と。というより、ボーガンと渡り合えるくらいに強いマリアがやられておとなしく連れ去られるなんてことが想像できなかった。


 となれば、考えることはマリアがあの男の子に何をしていたかを考える必要がある。マリアの姿で見つかっている以上、治療目的ではないだろう。彼女が得意なのは戦闘や腕輪の解除法みたいにどこで仕入れたのかわからない魔法に関する知識だけだ。


(つまり、息子さんの衰弱した理由は病気ではなく魔法によるもの?)


 パンはパン屋、八百屋にパンのことを聞いてもわからないように魔法のことを薬師に聞いても、専門外で治癒は望めないだろう。さらにそこから、踏み込んでいく。病気に見える魔法、すなわち呪いの一種ではないかと。呪いなら術者が存在するはず。ならば、その術者にふさわしいのは…ドラゴン?


(ドラゴンが呪いをかける? そんなの創作物でしか見たことが…)


 否定しようとするが、マリアが迷いの洞窟に向かった事実と照らし合わせれば確実と言える状況だ。


(ドラゴンが呪いをかけている。非戦闘要員が呪いの対象になっていることから、対象はおそらく敵対しているこの集落全域)


 ここで違和感が生じた。今、自分が思案したことを再度繰り返す。


(非戦闘要員が呪いの対象? 普通、戦闘要員が呪いの対象では?)


 そう逆転しているのだ。呪いの対象が。ならば、戦闘要員と非戦闘要員で何が違う? 男、女、大人、子供…


(聞いたことがありますわ。竜の生き血には不浄なものを洗い流し、寿命を延ばすと。ならば返り血でもそれはある程度有効だとすれば…えっ、まさかあのワイバーンは!)


『ワイバーンが襲い掛かったのは、返り血で戦闘員の呪いを遅延させるため』


(つまり、ドラゴンは敵じゃない!? マリアさんがドラゴンのもとに行ったのは、もしや敵と思い込んでいる住民から守るため?)


 考えられる結果だ。ソフィーのプロテクション&リフレクションコンボは攻撃よりも拠点防衛の罠の方が十分に果たせる。Aランクが相手ではどうなるかは不明だが、遅延行為はお手の物だろう。そして、遅延している間に術者を倒し呪いを解くにはもう一人の協力者がいるはず。


(レーラントイチの天才美少女をコキ使おうなんて面白いですこと。そうでなくてはライバルと認めませんわ)


 クレアは自分の役割にふっと笑う。あの子たちが来てから、色あせてつまらなかった世界がどれだけ刺激的になったか、それはクレア自身もわからない。ただ一つ言えるのは解呪を完璧にこなしてドヤ顔でもしてやろうとしているだけだ。

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