第8話 帝国の黒い影

 魔術学園の朝は早い。長期休暇を終え、再びフィールドワークをすることになったソフィーたち。今の自分のクラスには隣のクラスの子が数名混ざっているが、ほとんどなじみの顔がそろっていた。だが、その顔は浮かない。今回のフィールドワークはドラゴン退治だ。


 人と竜がともに住む渓谷、ヴェントキャニオン。そこでは竜が住む恩恵にあやかって、過酷な環境下でも外敵が居ないというアドバンテージを得て、暮らしている人々がいる。だが、近年になって謎の病が流行りだし、竜たちは人を襲うようになり安寧の地ではなくなった。


 人間に襲い掛かった以上、敵とみなした住民たちはそれぞれに武器を取り、ドラゴン退治に躍起になっている。この事態を重く見たギルドはこの戦いに終止符を打つため、Aクラスのハンターの派遣を決定し、学園にはその手伝いをするように要請した。


 だが、ここでひとつ問題点が発生した。先の災害級魔獣ビーストキングによる雷雲から各地で雷が発生し、そのうち一つが村との連絡橋に落ちてしまい、馬車が通れなくなっている。そのため、生徒たちは迂回してエルフが住むといわれるミステリーフォートレスを通り抜ける羽目となった。


 じめじめとした大地に鬱蒼と生い茂る木々に赤、青、黄とピカピカに輝る謎のキノコやコケ。謎の鳥の鳴き声がどこからともなく聞こえ、恐怖を倍増させる。ソフィーは目に映るものがすべてが新鮮で、目をキラキラさせながらあっちこっち見まわしていた。


 怪鳥や魔獣などを倒しながら進んでいると、日が沈む前にエルフの村にたどり着く。エミリア先生から渡された地図はミステリーフォートレスを正確に描かれており、エルフの村の位置まで記載されていた。そのため、似た地形が多く迷いやすいこの森を最短距離で村までたどり着くことができたのだ。


 人間の客人は珍しいのか少し驚いた様子でソフィーたちを見ていた。そして、まるで敵を見るかのような目でにらめつけ、村から矢が放たれる。「あぶねぇじゃねえか!」と男子が文句を言うと、さっきよりも多くの矢が放たれたため、一時撤退となった。


「一体なんなんだよ、あいつら」


「わかるわけないでしょ」


「村で泊まって物資の補給ができるのが一番だったけど、とりあえず野宿だ。野宿」


 クラスで手分けして持ってきたテント道具を広げ、野営の準備を進めていく。近くに綺麗な小川があるため、そこで水を汲み、火の魔法でごまんと落ちている木の枝に着火する。


 村に行く途中で狩ることになった魔獣の肉や赤いダチョウくらいの怪鳥を防腐の魔法がかけられた袋から取り出して焼いていく。味付けは持ってきた塩だけだが、贅沢は言えない。


 晩御飯を食べ終わると、補給ができなかったことで今後の行進をどうするか考える者、見張りの番が来るまでにさっさと寝る者、札遊びに興じる者と様々な人間模様が描かれる。そんなときだった、2人の幼いエルフを見かけたのは。


 男の子のエルフは木で出来た短剣を手に持ち、女の子のエルフは男の子の服を引っ張って村に連れ戻そうとしている。放っておけなかったアルフォンスがしゃがみこんで目線を合わせて、エルフたちに話しかける。


「君たち、どうしたの? 村まで送ってあげようか?」


「うるさい。とうちゃんを返せ!お前たちがやったんだろ!!」


 男の子のエルフが怒りをあらわにアルフォンスに短剣を突き出す。無論、木製なため怪我はするかもしれないが殺傷能力は皆無だ。だが、幼い子供がここまで敵意を明確に示していることは対応をしているアルフォンスを含め、生徒たちにショックを与えた。


 いつまでも呆けている場合ではない。父親が誘拐されたという新情報について詳しく聞こうとしたとき、近くの草むらからガサコソと音がする。そこからは現れたのは60代くらいのモノクルをかけた白衣の老人とその孫くらいの自分らと大して変わらない年頃の赤髪の女の子だった。


「博士、博士!あそこにエルフの子供がいるッスよ」


「ほほ。子供のサンプルは少なかったところじゃあ。持ちかえれば研究がはかどるぞい」


「貴方たちは何者なんです」


「フハハハ、帝国一の頭脳を持つアンドリュー・スミノルフを知らんとは貴様ら、モグリじゃな」


「ちなみにあたしは助手のエミリーッス」


「なぜ帝国の人がここに?」


 隣国の人間が王国の住人を誘拐・拉致をしているのであれば、国際問題になりかねない。下手すれば、再び戦争の火種になりかねないこの状況を早期に解決すべく、本来のフィールドワークとは関係ないが、見過ごすわけにはいかない。生徒たちは返答次第ではすぐさま呪文をうてるようにした。

 だが、博士の様子はおかしく顔が若干青白くなっている。


「むむむ、ここは帝国ではないのか? エミリー君」


「だから何度も言っているじゃないッスか。帝国にこんな広い森なんてないッスって!」


「だって実験したらこんなところに不時着するし、帝国内だと思うじゃない」


 あーだこーだと痴話げんかを始めた博士と助手に女子が素朴な質問をする。


「ところで、人さらいは帝国では良いんですか?」


「「ダメに決まっているでしょ、馬鹿じゃないの?」」


「やってよし!」


 男子生徒の声をきっかけに各々の魔法が二人に向けて炸裂していき、二人が後方に吹っ飛ぶ。ぐぬぬとうなりながら博士が立ち上がり、叫びながら指パッチンする。


「出ろォォォォオ!ビーストマスタァァァァア!」


 博士らの背後の地中から、胸にファンシーなライオンのマークがついて、赤と青を基調とした人を模したような機械仕掛けの人形(ロボット)が現れる。そして、何処からともなく円盤に羽根がついているの空飛ぶ機械が現れ、二人が飛び乗り、ロボットの頭部に円盤が移動したと思うと翼を折り曲げていく。


「マスター、オン!」


 と謎の掛け声とともにドッキングし、ロボットの目が黄色く光る。


「……なんだあれ」


 理解が追い付けない生徒たちをしり目に、高笑いしてご機嫌な様子の博士と助手。


「見たか、王国の人間ども!これがワシが長年の研究の末、開発した広域魔獣制御機動兵器ビーストマスターの姿じゃ!!」


「ちなみにデザイン担当はアタシッス」


「それで胸のライオンがデフォルメが効いているような感じなのね」


「へへ、褒められたッスよ、博士」


「さすがはエミリー君じゃな。ではビーストマスターの神髄を見せるとしようではないか。ポチっとな」


 博士がスイッチを入れるとビーストマスターの前に近隣にいたと思われる魔獣たちが立ちふさがる。専門職の召喚術師でない限り、魔獣の使役は不可能に近い。それを帝国はボタン1つでやってのけたのだ。数の差は歴然としている。エルフの子供たちは恐怖のあまり、目をつぶり互いに抱き合って震えている。


「戦いは数じゃよ。ビーストマスターが量産された暁には王国など滅ぼしてくれよぉぞ」


 だが、生徒たちに怯えた様子はない。少なくとも災害級魔獣が目の前に現れた時の絶望感よりかは遥かにマシなのだ。子供たちを守るため、ソフィーは彼らの前に行き、得意のプロテクション&リフレクションで魔獣たちの突進攻撃を跳ね返していく。


「広域攻撃ならお任せあれ、アイスウェーブ!」


 クレアがこの間、骸骨兵士にやったように無数の魔獣や怪鳥を氷漬けにしていく。無論、彼女たちだけ活躍しているわけではない。

 クレアがかき乱した相手を男子生徒と一部の女子生徒が携帯した剣や小型の盾で前線を張り、死角からの攻撃には後方の生徒たちが対処するチームワークができつつある。戦いは数だが、連携が取れなければでくの坊なのだ。


 もはや魔獣ごときでは彼らの猛攻を止めることができない。そのため、ビーストマスターは次の攻撃を放つことにした。


「飛ばせ、鉄拳!ビーストパンチ!まずはあのしゃらくさい壁を破壊するんじゃ」


 右腕から拳が勢いよく飛んでくるのを見て、受け止めきれないと思ったソフィーはプロテクションを張りなおす。マリアの中から見たクレアが弾丸をそらした要領で、斜めに張ったプロテクションはビーストパンチの軌道をそらし、地面に突き刺さる。


「どうやって回収するんッスか」


「拾って回収するしかあるまい」


「そうはさせませんわ。アイスコフィン」


 ビーストマスターがズシズシと拾いに歩いているのを見て、クレアは回収しても意味が無いように拳を氷漬けにする。それを見て「卑怯ッス」と罵られたが、戦場に卑怯はありませんわと言い返していた。


「盾役も疲れているはずじゃ。もう一度、ビーストパンチ・フルパワー!」


「プロテクション&リフレクション!」


 さっきのビーストパンチでコツをつかめたのか、プロテクションで一度上空にそらし、勢いが少し弱まったところでリフレクションと落下を利用して再加速。跳ね返ってきたビーストパンチはビーストマスターの胸部のライオンちゃんを貫いた。


「しまった。魔獣制御装置が!」


 制御装置を破壊されたことで、生徒たちと戦っていた魔獣が一斉に半壊したビーストマスターに襲い掛かる。牛型が突進で走行をへこまし、獅子型が弱くなった装甲をかみ砕く。怪鳥は彼らでは届かない頭部のコックピットをつついている。見事な連係プレーに生徒たちは魔獣にも知性があることを初めて認識することになった。


 そして、動力部でも破壊されたのかビーストマスターが突如爆発し、


「貴様ら、覚えてろぉぉぉぉお!」


「今度はもっとすごいもの作るッス!」


 と二人が叫びながら夜空の向うへと飛ばされ、キラーンと星になった。魔獣もストレス発散になったのか生徒たちに襲い掛かるような真似はせず、各々の巣へと戻っていく。


 そんなとき、上空から一枚の紙きれがひらりひらりと舞い降りた。それを見開くとこの森の地図にバツ印が書かれている。もしやと思った生徒たちはそのバツ印のところに向かっていく。そこには洞窟があり、中へ入っていくと、魔封じの腕輪をかけられた数名のエルフが閉じ込められていた。


 連れてきたエルフが「とうちゃん」と言って男性エルフに抱き着く。どうやらエルフ誘拐事件を解決したようだ。

 男性エルフが村の人たちを説得し、助けたお礼に深夜遅くだが、宿を無料で泊まれることになった。ドラゴンが住む渓谷まであとわずか。彼らはゆっくりとした休養がとれるチャンスを逃さないように深く深く眠りについた。

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