第7話 一時の平穏
朝日がまだ昇っていない早朝にアイアンはギルドが指定した会議室に呼び出されていた。目の前にはギルド長、その横にはコダインのお偉いさん方が数名、メガネを怪しく輝らせている。
「なぜ、君を呼び出したか分かるかね」
「命令違反による降格処分とかですかね?」
実際、アイアンはギルドの命令に反し、学園の生徒とはいえ民間人であるソフィー(変身後)とクレアを災害級魔獣ビーストキングと戦わせている。討伐に成功したとしてもお咎めなしになるという甘い考え方はしていない。
だが、ギルド長はアイアンの答えに意表でも突かれたのかキョトンとした顔になった後、機嫌良さそうに大笑いする。
「まさか!災害級を討伐した英雄に降格処分など出したら、一族路頭に迷う羽目になるよ。まずは討伐報酬の前払いを渡すとするよ」
アイアンが金貨がぎっしりと詰まっている袋を受けとる。まずはと言ったからには、まだ本命の要件が残っていると考え、背筋を伸ばしてギルド長の話を聞くことにした。
「さてと、本題に移ろうか。災害級魔獣討伐、その一部始終を語って貰いたい」
「まず牢屋から脱走した辺りから話すが……」
「クレア・アークライト、謎の女性2名に助けて貰い、災害級魔獣ビーストキングを討伐したということだな」
「ああ、そうだ。俺一人でシルヴァを倒したわけじゃねぇから、この報酬金も後で山分けにするよ」
と言って息苦しい会議室からそそくさと退席する。残された初老の男性たちはギルド長と話し始める。
「結局、学園長や奴隷商人と同じく女性の正体は分からず仕舞いですな」
「いいえ。彼は一つだけ報告していないことがあります」
「ほう、それは?」
「服ですよ。彼は意図的に彼女が学園の制服を着ていたことを話さなかった。つまり、彼女は制服を着ていて当たり前だと思っていたから話さなかったと考えられます」
「つまり、学生が災害級を討伐したと? それなら、学園長が倒したと発表した方がまだ辻褄が合う」
「よさんか!あの人は表舞台には出ないお方だ。我々が勝手に決めるわけにはいかん」
「では市民にはなんと?」
「…正直に言うしかあるまい」
2人はため息を吐き、市民たちへの発表原稿を仕上げていく。
昼過ぎ、ギルドのハンター並びに学園の関係者らによって災害級魔獣ビーストキングの討伐が成功したことが発表される。誰の目にも焼き付いている闇を照らし、光をもたらした金色の竜巻は彼らのものでなく、謎の女性によるものであり、目撃情報を集めていることや災害級討伐の祝賀会を王都で開くことも発表した。
このことを聞いたコダイン市民の間では謎の女性についての話題で持ちきりだ。自分の正体を隠し市民を助け、ギルドの連中が匙を投げるような災害級魔獣に立ち向かい、莫大な報酬や名誉を受けとらずに颯爽と去っていくミステリアスなヒーロー像は女神の伝説と合わせて、女神様が降臨したと噂されるようになる。
この日から、女神の加護にあやかろうとした観光客が女神グッズを買い漁るようになるのであった。商魂たくましいコダインの市民の力で復興といっても、郊外の森以外は被害はほぼ0なので、大きなプラスになっていた。
さて、話は災害級魔獣出現まで時は遡る。
災害級の判定が出た瞬間、騎士団はすぐさま身支度を整え、城門前に集合する。
災害級、名前でしか聞いたことが無いそれは日ごろの厳しい特訓に耐えている騎士団員ですら、恐ろしく感じ、何人かの団員は手足が震えている。それでもなけなしの勇気を振り絞り、前へと進み、騎士団長が城門を開け、今まさに死地へ出掛けようとした時、災害級魔獣討伐の知らせが届き、訳の分からぬまま解散となった。
そのときの騎士団長の間抜け面は後世まで残るかもしれないほどだった。
数日後、緑色の髪を整えもせず、無造作にしている騎士団員がギルドからの報告書を読んでいた。片手にはコーヒーカップが握られており、優雅なティータイムと絵画になりそうな優美を醸し出していた。
「前人未到の死者0か。負傷者も避難時の怪我のみ……奇跡としか言い様がない」
「クライン、何読んでのよ?」
年はクラインと同じ十代後半か20代前半、赤髪の長身の女性がクラインの後ろから話しかける。
「アリスか。災害級魔獣の報告書の写しを読んでいただけだよ」
「あの集合!即解散!の奴でしょ」
「ああ、あのときは避難訓練の方が有意義だと感じたな」
数日前のあの瞬間ではデマ情報に踊らされる騎士団とでも瓦版にのるかと思ったくらいだ。だが、確かに災害級魔獣は存在し、女神と揶揄される謎の女性によってすぐさま討伐されたのだ。もし、自分が女神の代わりにあの場にいたら、この最善の結果を出すことに成功しただろうか。
遠距離攻撃の呪文や投擲武器が効かない巨躯と外殻
森を一瞬にして荒野に変える炎の呪文
上空から雷撃を放つ呪文
弱点部には強力な魔力障壁
そして自己再生能力
どれもこれも馬鹿らしくそんな化け物を目の前にして、どうやって戦えというのだ。何か一つでもかけていたら戦いようはあるが、どれも存在しているのが問題だ。
仲間を犠牲にして戦ってもこちらのリソースが切れて全滅する未来しか見えない。なるほど災害級と呼ばれるわけだ。
「はーい、脳内シミュ―レーションの結果は?」
「女神さまが居なければ、騎士団壊滅により王国終焉だな」
「わーお、クラインがそういうってことは私たち、『女神様ありがとうございます』って感謝しないとね」
「そうならないように訓練を重ねるのが俺たちなわけだが、俺は少し出かけるとする」
「何処に? 大体わかるけど」
「なら聞く必要はないだろ。コダインとレーラントだ。せっかくだからBランク以上の依頼を引きうけながら、移動するぞ」
「あたしがついていく前提なのはポイント高いよ、10pt追加!」
「何のポイントだ」
「あたしの好感度。1億ポイント溜まったら結婚ね」
「やれやれ、気が遠くなるな」
この腐れ縁で仲間以上恋人未満のアリスをどう躾けるかを考えたほうが有意義になるかもしれないなと思い、クラインは2頭の馬の準備をすることにした。
レーラントの魔術学園に戻ったソフィーたちはエミリア先生から、しばらくの間自主学習という名の休暇が与えられた。
災害級魔獣ビーストキングの一件で、近くで遭遇したことで魔獣にトラウマを持った者、その圧倒的な力を何処からか仕入れて、その力の前に魔法使いになる道を諦めた者、そもそも盗賊に襲われたことで親から学園を辞めさせられた者と各クラス中で中退するものが続出することになった。
これによりカリキュラムの変更を余儀なくされ、本来ならばフィールドワークの間に挟まれる座学の時間を休暇にしたのだ。マリアが模擬戦すら断るレベルで消耗していることもあり、この長期休暇を利用してソフィーは自身の生まれ故郷へと戻ることにした。
澄んだ青い空。草花がゆらゆらと揺れてソフィーをお出迎えしているようだ。そして、久しぶりに来たせいか村が少し小さく思える。歩幅が広くなった足で、自分の家の門戸を叩くと、少し白髪が増え老けたガーネットが大きくなったソフィーを涙ながらに抱きかかえる。
「ママ……」
「ソフィー……」
たった一言、名前を呼んだだけだが、その一言には多くの感情が混ざり合っている。そして、ソフィーはマリアと交代する。急な交代劇にマリアは驚きふためく。
「マリアも」
「わ、わたしは……」
6年前みたいに拒否することはなく、抱かれることを良しとした。母親のぬくもりをゆっくりと味わったマリアはまたソフィーの姿に戻る。家の中でソフィーは今まで起こったことをいっぱい話した。
「それでね、マリアお姉ちゃんが盗賊さんたちをズバッ!スパーンってやっつけたの」
「それはすごいわぁ」
「骸骨さんがいっぱい現れたんだけど、クレアちゃんがどかどかって氷漬けにしたの」
「クレアちゃんってすごいのねぇ」
「でね、最後にアイアンさんがビーストキングを倒したの」
「……よく生きて帰ってくれてよかったわ」
進学して間もないうちに本一冊は書けそうな波乱万丈な生活を送っていた我が子をおろおろと泣きながら、再び抱くガーネット。きっと子離れすることはないだろう。
そして、ソフィーは硬いけど、落ち着くベッドで横になっていた。
でも1週間もしないうちにソフィーは学園に戻らないといけない。
だからこそ、ソフィーは思うのだ。
私は平凡に生きたい と。
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