第6話 嫉妬の結末

 盗賊たちはそのあり得ない知らせに慌てふためいていた。見知らぬ女がいつの間にか侵入し、Bランクのハンターらと共に、生徒たちを捕まえている牢へと向かっているからだ。


「どうやって忍び込んだ?」


「誰のせいだ!」


 と喚きながら、剣を手に取り、脱走者を迎え撃とうとする。たとえBランクのハンターといえども数で押せば勝てると思い込まざるをえない盗賊たちは、金色のナニカをみた瞬間、意識が薄れていき、2度と目覚めることはなかった。



「シャイニングレイ!」


「貫きなさい、アイスニードル!」


「オラオラ!死にたい奴から前に出な!」


 最初は前衛二人で戦っていたが、通路が狭いこともあり、アイアンが前方で暴れることで盗賊たちの注意を引きつけ、背後からの遠距離呪文攻撃で的確に援護しながら、破竹の勢いで生徒たちが捕らわれている牢へと向かった。


 引き取りに来た業者と思われる小太りの男性と、ボディーガードの大柄の男が先生の髪を引っ張り、引きずり出そうとしている。そんなとき、ボディーガードの男が王国では入手が困難な銃を懐から取り出し、弾丸を放つ。


 普通の人間なら躱すことも撃ち落とすこともできないが、相手は魔法使いとBランクのハンターだった。マリアとアイアンは持っていた剣を振るって弾丸を切り落とす一方で、クレアは氷のレールを前方に作り出し、弾丸の軌道をそらしていく。


 銃は魔法が使える人間との差を縮めたが、逆転はしていない。


 そのことを失念していたボディーガードは続けてクレアの放った氷魔法で銃を凍結された後、マリアによって首を切り落とされるのであった。ボディーガードを失った小太りの男性はアイアンに首元に剣を当てられ、プルプルと震えていた。


「こいつは貴重な情報源だ。後で銃の入手先も含めて聞かねぇとな」


 小太りの男性が魔法使いとは思えないが、念のため取り外してもらった魔封じの腕輪をかけて、生徒の代わりに牢へと閉じ込めておく。助けてもらったエミリアはソフィーの姿が見当たらず、謎の女性に声をかける。


「すみません、銀髪でこの子らと同じくらいの女の子はどこに!アイアンさんと一緒に連れていかれたはずなんです!」


「落ち着け、先生。『わ…彼女は一番安全な場所へ避難させておいた。後で連れてくるから、生徒たちを外に」


 エミリアの腕輪を難なく外し、捕まっていた生徒らを外部へと誘導するよう指示した。クレアも一緒にといったが、


「フランさんが脳みそ筋肉のフォロー役は必要と仰っていましたわ。貴方たちだけでは手が足りなくなるのが目に見えますてよ」


 と言われ、渋るエミリアをさっさと避難させるように念を押しして、承諾してもらった。エミリアたちとは地図上で反対側の入り口にその男、無数の骸骨兵士を従えたシルバーが枯れた木の上で仁王立ちで立っていた。


「アイアンなら連行途中で頑張れば脱獄するやろうなって思ったけど、全員逃がせる余裕があるなんて予想外やわ。そこの姉ちゃん、ナニモンや?」


「そこまで黒く汚れた魂に名乗る名は無い」


「ありゃありゃ、ふられてしもうたわ。しゃーない、ここで死んでもらいますわ」


 骸骨兵士がガシャンガシャンと音を立てて、3人に近づいていく。先陣を切ったのはアイアン、続いてマリアが骸骨兵士を斬っていく。通常なら、斬られたところで再生するはずの骸骨兵士が再生できずにいる。また、アンデッドの特性を理解しているクレアも


「大地に眠りし水よ、私に従いなさい、アイスウェーブ!」


 地面から現れた水の波で骸骨兵士を飲み込み、その後氷漬けにしていくことでその再生能力を封じ込めていた。そんな様子を高みの見物していたシルバーはあり得ない光景だと目を見開いてしまう。


 たった3人に無敵の死霊軍団がおされて、いや壊滅されていく。これがイレギュラーやアイアンのようなBランク相当の連中が複数いるならともかくそのうち1人はただの学生だ。そんな奴らに敗北するのは彼のプライドが許さなかった。だからこそ、あともう少しで完成する召喚術を使用してしまった。


 骸骨兵士の姿が消えていき、空中にどす黒い靄によって描かれた魔法陣が浮かび上がる。ただ事ではない、それはこの場にいる誰もがわかりきったことだ。


「ワイの身体を触媒に……降臨せよ、ビーストキングゥ!!」


 魔法陣に吸い込まれるかのようにシルバーの身体が浮き上がり、靄に包まれ繭上になっていく。ドクンドクンと脈を打つ繭に危機感を覚えたマリアとクレアは魔法を放つが、ダメージを受けている様子は感じられない。


 そして、繭からでてきたのは、ビッグフットの何倍もあり、周りの木々よりも高い巨躯を持ち、獅子のような頭の額に人型の何かが生えており、牛のような角も生えている。

尻尾には巨大ムカデそのもののようだ。そして、体には人間が着ているような鎧が外殻として備わっている。今まで見てきた魔獣たちの、犠牲者たちの、合成獣(キメラ)ビーストキングの姿だった。




 その姿はコダインからも確認された。学園の生徒たちの通報により、ギルドからシルバー討伐の依頼を出す手続きをしている際にそれは起こった。その異様な光景に目を奪われてしまった。


 観測器の故障かと思われるほどの高い魔力は晴天だった転機を雷雲が轟く天気へと変貌させていく。人前に姿を見せることが少ない学園長との会合のためコダインに訪れていたギルド長は手持ちの通信機器ですぐさま全ギルドに通達させる。


「全ギルド職員並びにハンターに告げる。コダイン郊外の森で超大型魔獣が出現した。クラスは災害級と判定する。全ギルド職員並びにハンターは一般市民の避難誘導をイチとし、決して戦おうとするな!騎士団が来るまで生き延びることを最優先とする。繰り返す…」




 その放送を通信機越しで聞いたアイアンは木に殴りつける。


「ふざけんじゃねぇよ…騎士団がくるまで何日かかると思っているんだ。俺たちが退いたらここで暮らす市民はどうなる。こういうときに何が何でも、ここで倒さないといけないのがハンターってやつじゃねえのかよ!」


 災害級。一生に一度発令するかどうかの魔獣災害の総称だ。ギルドでも対処が不可能と判断された場合に限り、王国直属の精鋭部隊「騎士団」が派遣される。

入団するには最低でもBランクといわれているほどの狭き門だ。そんな彼らでも移動速度は変わらない。コダイン周辺はおろか下手すれば学園やハーフレンですら危機に陥ってもおかしくない状況なのだ。


 だからこそ、アイアン、いやそれを理解しているマリアもクレアも圧倒的な力の前に立ち向かう。


「行くぜ、シルヴァ!」


「これがラストバトルよ、気合い入れていくわ」


「ああ。ここで奴を倒さないと『私』が悲しむ。それは嫌だからな」


 譲れないもの守りたいものがあるからこそ、人は立ち上がれるのだ。アイアンとマリアが勢いよくビーストキングの足元へと向かう。まずは機動力を削ぐ。進行速度さえ送れば、街への被害を最小限にできるし、移動が不可能なデカブツに成り下がるなら、騎士団が到着するまで見張れば良い。


 そういう算段のもと二人は駆けていた。しかし、それをあざ笑うかのようにビーストキングが吠え、巨大な口を開けて唱える。


「焼き尽くせ、ヘルズバーナー!」


 ビーストキングの口から放たれた黒い火炎に阻まれ、足元にたどり着くことができなくなってしまう。


 それどころか、森にも火の手が上がり、辺り一面が火の海となってしまう。彼らに唯一の退路は断たれた。もはや進むしかない。だが、火の海はこれまでの連戦で疲労困憊となっていた三人の体力を着実に削るものとなっていた。


 このままではまずいと思ったクレアは自分を含めた3人にクールダウンの魔法をかけて、熱によって体力が落ちないようにする。だが、それは自分の魔力が持つまで。この中では最年少に見える彼女の魔力はそう多くない。だからこそ短期決戦を挑まざるを得ない。


「あの魔獣の弱点、どこだと思う」


「間違いなくあそこだろ」


 クレアが手持ちの剣をビーストキングの額に生えている人型に向けて投げつけるが、手の甲でガードされる。あれだけの巨躯では並みの遠距離魔法や投擲武器くらいでは傷つけることもできない。近づいて致命的な一撃を与えるしか方法はないだろう。


「俺も同感だ。問題はどうやってあそこまで行くかなんだがな」


「あら、レーラントイチの天才美少女のことをお忘れで。お二人をあそこまで行かせればいいのでしょ!」


 クレアはありったけの魔力を注ぎ込み、空気中の水分を凝固させ、氷のアーチを作り出し、弱点部までアーチを延ばしていく。足元の炎で氷のアーチが後ろから崩れていくが、二人は振り返らずに前だけを見て走り出す。


 弱点部をかばうためか、巨大なこぶしで二人を払いのけようとするが、その行動を逆手に取り、二人はそれぞれの腕に飛び移る。腕から肩へ到着すると高く跳躍し、人型を斬り払おうと二振りの剣がほぼ同時に襲い掛かる。


 だが、それは魔力障壁によって阻まれ、何とか押し返そうと力を入れるが、最終的にははじき返されてしまう。


「無駄だ!王の裁きを喰らえ!!」


「―っ、我が剣に宿りし光よ、盾となりて守護せよ!シャイニングプロテクション!」


 緑色の魔法陣によって発達していた雷雲から、無数の雷撃を3人に向けて放たれる。魔法陣からそれを予知したマリアはとっさに数本の剣を投げつけて、防御結界を張り雷撃に備えた。

雷の柱となったそれは、三人を包み、跡形もなく消え去ると思われるほどだったが、結界により、彼らは難を逃れることに成功した。


 だが、クレアの魔力は風前の灯火、アイアンもマリアも落下時のダメージが抜けきれておらず、満身創痍だ。もう一度、あそこまで登るのは不可能になっていた。


「くっ、何か、何か方法はないのか!」


「あるにはあるが…時間もなければ、魔力もわずかに足りない」


 マリアは頭を垂れる。奥の手を出し渋ったことによる己の失策を呪った。初手から、使用していればここまで追い込まれることはなかったと。


 そんなときだった、彼らの前に金髪で青眼の10代後半、よくて20代前半のエルフが現れたのは。


「時間、作ればいいのね」


「貴方は?」


「女の子の秘密を聞くなんてダメ☆」


 エルフが目ざとく可愛らしいウィンクをしたあと、すぐさま真剣な表情に戻る。


「どれくらい時間を稼げばいい?」


「ものの数分だ。あとは魔力だが…」


「それなら、私が魔力供給するわ。アイアンさん、どれくらい魔力は残ってますの」


「強化魔法しか使ってないからバリバリ残っているぜ。足りるか?」


「結界分の魔力だからな。足りないとは言わん」


 突然の助っ人参戦により、最後の作戦行動に移る。ベットするのは自分たちの命、当たれば被害はチャラ、外れても騎士団が到着するまでの時間稼ぎくらいにはなる。どこに躊躇する必要があるのだろうか。各々の覚悟を胸に自分たちの役割を遂行する。


 エルフが呪文を唱えると、燃えていた森から仕返しと言わんばかりに木の枝やツルが伸びていき、ビーストキングの動きを封じ込める。

脆弱なはずの植物たちの突然の反逆に怒り狂うような言葉にならない怒声をあげる。動きを封じ込めているだけで、膨大な魔力を持つはずのエルフの魔力がみるみる内に減っていく。


 エルフは教え子たちの前で大見得きったものの予想以上の力に持たないかもしれないと焦りの顔を見せる。そんなときだ。横から溢れんばかりの光の奔流が迸ったのは。




  マリアは呪文を唱えている間、あることを考えていた。もし、魔力が切れたら、自分はどうなるのだろうと。ソフィーの裏人格なら消えることは無いかもしれないが、自分はいわゆる二重人格とは明らかに異なる。

 だからこそ、この一撃を躊躇ったのではないかと考えた。もし、6年前のマリアなら迷うことなく放たれていた一撃は、今は撃てない。



 守って欲しいと頼まれたからだ、母親との。



 約束が残っているからだ、クレアとの。



 消えたら「私」が悲しむ、私も生きたい。



  6年の歳月はマリアを人間に近づけた。故に弱くなった。だからこそ強くなれた。この一撃に全てを乗せるわけにはいかない。一部の詠唱を簡略化し、エルフの限界が来るまでに放つ。



「浄化の光よ、我が神聖たる剣に宿りて、その力の一端を示せ!」



  手持ちの金色に輝る細身の片手剣が光を吸収し、大剣へと変貌していく。


「光の渦となりて、彼の者に救済を!セイクリッドテンペストォォォォオ!!」


  大剣を一振りすると、光の奔流が渦となってビーストキングを包み込む。渦に捕らわれたビーストキングの外殻がひび割れ、体表が削り取られていく。そして、弱点部を守っていた魔力障壁にピシピシとひびが入っていく。


(奴らは死にかけ、そう長く持たないはず、後少し……)


  耐えれば自分の勝ちだと思っているビーストキングの前にチラリと輝るものが見える。それはアイアンが渾身の思いで投げつけたマリアの片手剣だった。マリアの剣がビーストキングと人型を貫き、切断する。


 アンデッドの成分も混ざっていたのか、人型から下半身が生えてきて、ヒューヒューと声にならない音を漏らす。アイアンはビーストキングに盗賊からパクっていた剣を目の前に投げ捨てる。そして、彼は同じ剣を持ち構える。



「来いよ、三下」


「イアン、お前が下に見るなァァァァア!!」


  シルヴァはかつてのイアンと同じくがむしゃらに突っ込む。強化魔法をかけずとも分かる拙い剣先をかわし、かつてのシルヴァと同じく胴を一文字に斬った。端からも分かる致命傷と分かるどす黒い血が吹き出る。




(どこで間違えた?)



 シルヴァは自問する。



 イアンと友達になったことか?



 イアンと一緒にギルドに入ったときか?



 仲間が増えたときか?



 イアンだけBランクになったときか?



 ああ、そう言えば、言っていなかったな。



「Bランクおめでとう」



 ああ、心が軽い。



 なんや、かんたんなことだったんや。



 なんだかねむい……めがさめたらいつものように4にんで……




「シルヴァ、おせぇよ……」


  災害級魔獣ビーストキングとではなくシルヴァとしての最期を見届けたイアンはその骸に涙を流す。その結末を見届けたマリアは大剣を地面に突き刺し、杖代わりにする。そして、突き刺した箇所から、草花が生え、死闘で荒れ果てた地は草原に戻っていく。


「土魔法みたいなので土壌と植物の活性化ってところかしら。女神伝説の地でその再現って粋なことするじゃない」


  クレアがマリアの背中を思いっきり叩くと、もう無理といってマリアが倒れ、ソフィーに戻る。第三者のエルフに正体がバレたと思い、辺りを見回すがその姿は消えていた。シルヴァの骸に手を合わせたアイアンがすやすやと眠るソフィーを抱き抱える。




  ビーストキングとの戦いから一夜開け、災害級が発生したこともあり、ソフィーたちはすぐさまコダインから出ることになった。ソフィーとクレアが馬車に乗り込もうとしたとき、アイアンが呼び止める。


「間に合ったぜ。ギルドから災害級討伐の成功報酬の前払いが出たから、急いで渡しにな」


  ソフィーとクレアに4つの袋の内、2つを手渡す。一つはアイアン自身のものとしたら、残り1つは居なくなったエルフのものだろう。4等分にしてもズッシリした重さ、どれくらいで入っているのか興味本位で覗いたのを後悔するほど金ぴかに輝いていた。一体いくらになるか数えたくないくらいだ。


「俺はあのエルフを探しに旅するぜ。借りがあるしな。何処かで会えたらまた頼むわ」


  そういうとアイアンは風の行くままに何処かへと向かった。いつしか花は散り、そよ風が気持ちよく吹いている。春から初夏へと移る頃合いだった。

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