第4話 初めてのフィールドワーク
ソフィーは銀色の片翼モチーフのエンブレムを左胸につけたネイビーのブレザーの制服を身に着けていた。座学が中心であった小等部とは異なり、中等部はフィールドワークが中心になるため、動きやすさ重視でスカートからスパッツに変更されている。
今、行われている進学式後に早速、フィールドワークがあり住み慣れたレーラントから離れる予定になっている。そのため、春休みは初等部の復習の他に長期間の移動に必要な物資を買いそろえていた。
そして、クラス分けが行われるや否や、ちょっときつめの香水がする30代のエミリア先生は黒板に今回のフィールドワークの行き先と課題をスラスラと書いていく。
「貴方たちにはコダインに行ってもらい、魔獣の生態について調べてもらいます」
文化発祥の地コダイン。大昔、女神様が降臨し、様々な生物を創造したという伝説が残っている観光都市で、街の中心部には巨大な女神像が建っており、そこで愛を誓ったカップルは永遠の愛が結ばれるという話だ。
ソフィーは今は好きな男子はいないけど、恋愛や縁結びの神様には乙女心がくすぐられる。もし、好きな人ができたら、行きたい場所だし下見ついでに見れるとなれば、女子のテンションが上がりうるさくなるのはやむをえないのかもしれない。
そんな女子を見かねたのかエミリア先生がコホンと咳ばらいをし、浮足立った女子をおとなしくさせる。
「今回のフィールドワークはここ最近、魔獣被害が増えているコダインからの要請もあり、ギルドとの協力のもと行われます。くれぐれも学園の品位を下げるような真似はしないように」
メガネをギラリと輝かせ、教室の外へ出ていく。窓から外を見るとすでに御者が来ており、ソフィーたちのフィールドワークは始まった。
レーラントから出発して南部のコダインまで半分程度の道のりを過ぎたところでそれは起こった。地中から、巨大なムカデのような魔獣が出現し、ソフィーたちの進路を防がれた。しかも、1,2頭だけでなく群れという言葉が適切なくらいに。
迂回という選択肢は存在しない上に、先生はいざという時だけしか動かないことを明言している。つまり、コダインにいくには私たちで進路を切り開かないといけない。何もなく飽き飽きしていたのか、クレアさんが真っ先に飛び出し、青い魔法陣から氷柱を飛ばして攻撃を加える。
続いて、男子たちも得意の炎や雷などの魔法を次から次へと繰り出していく。そんなとき、攻撃を受けていた巨大ムカデがお返しと言わんばかりの溶解液を大量に吐き出す。食らえば、骨1つ残らないと思える量だ。それに対し、ソフィーは両手を前にかざし、強く発する。
「プロテクション!」
白い光を放つ半透明の巨大なバリアが溶解液を受け止める。そして、私はもうひとつの呪文を唱える。
「リフレクション!」
受け止めた溶解液が弾丸のように弾き飛ばされ、巨大ムカデの頭部を自身の溶解液で溶かしつくす。攻撃魔法が苦手なソフィーにとって唯一攻撃に使える防御魔法、それがリフレクションだ。
しかし、すべての攻撃を跳ね返せるわけではなく、あくまでプロテクションで完全に受け止めることが必要になり、プロテクションを破られたらリフレクションは不発になってしまうのが欠点だ。
つまり、格上には絶対に勝てないし、対魔獣なら攻撃魔法の方が手っ取り早いという難点しかない。それゆえに使用者は学園で先輩・後輩を含んでもソフィーくらいしかいない。
溶解液による攻撃は危険と判断し、プロテクション&リフレクションを使ったソフィーに向かって勢いよく突進する。
「プロテクション!リフレクション!」
プロテクションにぶつかったムカデが弾き飛ばされ、宙に舞う。最高到達点に達するまでに私は再びプロテクションを張り、ムカデを地面にたたきつける方向にリフレクションをかける。
そして、地面に当たる寸前にリフレクション。そして、またリフレクション!再度リフレクション!もう一度リフレクション!リフレ……
そんな哀れな巨大ムカデを見たクラスメートは思った。というより幻聴が聞こえた。
ピンボール、やろうぜ!お前、ボールな!
巨大ムカデが空中にピンボール弾のようにはじかれているのだから、仕方ない。最初は気持ち悪く動いていた足も今や動いている気配はない。
ソフィーは「そして、ドーン」と言って大きく手を広げて、男子の攻撃を受けて弱っていた最後の1匹のムカデの頭上にピンボール弾、もとい巨大ムカデが勢いよく降ってきて押しつぶした。
弱ってなくてもおそらく即死だったと思われるため、実質一人で3匹のムカデを討伐している。そう思っているとクレアがソフィーの前に行き、傲慢な態度で放つ。
「貴方も3匹討伐しましたの。ですが、最期の1匹は弱っていましたし、実質2.5匹分で私の勝ちのようですわね」
「えへへ、負けちゃった。次も頑張ろうね」
「今度も勝たせてもらいますわ。ライバルの貴方『たち』に負けたらアークライト家に傷がつくというもの。ホホホ」
ちなみに他の生徒たちは数人がかりで1匹というありさまだ。というより、Eランク相当の1年生はそれが普通である。
そんなトラブルはあったものの無事にコダインに到着した。到着が夕暮れということもあり、今日はギルドが用意した施設で宿泊し、明日から魔獣の調査になる。それまでの間は、消耗品の購入などの自由時間となった。
ハーフレンからあまりにも遠い地で、ソフィーは見慣れない食べ物や見たことが無い色とりどりのアクセサリーに目を奪われそうになっていた。でも、コダインに来た以上は一番最初に訪れたい場所は一つしかない。そう、巨大女神像である。
大きな翼を広げ、地面に大剣を突き刺している女神様の神々しさは話で聞いた以上だった。台座には共通語で女神像についての説明が書いてあった。
純白の翼を広げ、金色の衣を纏いし女神、白銀の剣を大地に突き刺し、生命を与えん
そんな人がいたら、誰もが女神様と敬うだろうなと思いながら、近くの売店で縁結びのお守りを買った後、ソフィーは観光もかねて消耗品の買い物をすることにした。
「そこの可愛いお嬢ちゃん、サラマンダーの串焼きどう? 安くしておくよ」
串にはサラマンダーと思しき肉が秘伝のタレと書かれた壺につけた後、香ばしく焼かれている。長旅疲れかお腹がくぅ~と大人がなり、恥ずかしさのあまり、ひとつだけ買ってしまう。
最初は熱すぎて舌がやけどしそうだったが、ふうふうと息を吹きかけて冷ましてから食べるとサラマンダーの外見からは想像できないほどよい硬さと弾力があり、タレと合わせてなかなかに美味しい。
食べ終わった後、周りの店を見ていくと魔獣の肉を使った料理店が妙に多い。いくら観光名所とはいえ、ここまで多いと奇妙な光景に思えてくる。そう思っていると2人の男性と1人の女性、男性は20代前半と30代前半、女性はエミリア先生と同じくらいだろうか、若いほうの男性が話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、学園の生徒だよな。俺たち、明日、君たちと協力するギルドのアイアンっていうんだ。こいつはカッパーで、こっちのお姉さんがフランな」
「ソフィーと言います。明日、よろしくお願いします」
「ハハ、礼儀正しいやつは嫌いじゃねぇぜ。本当はもう一人、シルバーがいるんだが、あいつは一人でどこかに行くから困るんだよな。幼馴染の俺にくらい行き先いえばいいんだが…せっかくあった記念だ。飲み物くらいおごってやるよ、おっさん!ビアーとこいつにミルクな」
「ちょっとアイアン、この子に飲み物くらい選ばせたら?」
「いいだろ別に。俺のおごりなんだし…ほらよ」
ソフィーは白いミルクを手渡され、どうしようかと少し悩んだ素振りを見せた後、アイアンがお酒を一気においしそうに飲んでいたため、それに倣ってミルクを一気に喉を鳴らしながら飲む。
「いい飲みっぷりじゃねぇか!もう一杯…って言いたいとこだが、明日は仕事だから今日はやめとくわ」
互いに手を振って別れようとしたとき、街中にサイレンの音が鳴り響く。慌ただしく店じまいをする人々、自分の家や宿に引きこもる人、そして目の前の三人はギラリと目つきを変える。
スピーカーから聞こえた場所はここからさほど離れていない。危険だと思った私は校則通り、余計なことをせずに宿へと避難しようとしたが、三人に声をかけられる。
「せっかくだ。俺たちの戦い方をみるのも勉強になると思うぜ」
「でも……」
「な~に、明日こんなことが起こったら戦わないといけないんだ、一日早く体験しても誰も文句は言わねぇよ」
「こうなったらリーダーは止まらねぇからよ。学園には俺たちからも言っておく」
少し考えた後、規格外といっても過言ではないボーガンとマリアの模擬戦を見るよりかは今後の戦闘に生かせるかもしれないと考えたソフィーはコクリと頷いた。
街の外ではたまたま居たギルドのメンバーも居たのか複数の人間が魔獣の群れに魔法を放っていたため、街に魔獣が入ることはなかった。だが、次から次へと出てくる魔獣たちにハンターたちも焦りの色が見え始める。
「よく持たせてくれた。あとでおごってやるぜ!」
アイアンたちが駆け出し、勢いよく魔獣たちを切り払っていく。一番の脅威であるアイアンに目標を変えた黒い獅子の魔獣が背後から飛びかかろうとするが、大楯を持ったカッパーに防がれ、斧によって頭部と胴体が分かれる。
「油断大敵だぞ」
「俺の後ろは仲間が守ってくれるから気にしなくてもいいだけさ」
「そうかい。ならそれに応えないとなぁ!」
如何にも重そうな斧を自由自在に操る大柄なカッパーは硬い皮膚に覆われた牛の魔獣ですら一刀両断する。そんな情けない魔獣たちに業を煮やしたのか群れのボスと思われるビッグフットが彼らの前に現れる。
「こいつが親玉ってわけか、フラン!」
「わかってるわよ。逆巻け、我が轟炎よ!剣に宿りて、悪しき獣を焼き払え!」
フランが魔法を唱えると、魔法陣から出てきた炎がアイアンの剣に纏わりつき、紅く輝く剣へと変貌する。
「くらえ!俺たちのコンビネーション技、火炎剣!!」
アイアンが切った傷口から炎が噴き出し、ビッグフットの内部から焼き尽くしていく。群れのボスを失ったせいか、魔獣たちはそそくさと暗い森の中へと帰っていく。
そんな彼らの戦いっぷりを見ていたソフィーはついマリアと比較してしまう。
(紅い剣を二人かかりで作っていたけど、もしかしてマリアお姉ちゃんのいつも投げ捨ててる剣ってすごいの?)
最近のボーガンとの模擬戦では投擲武器(剣)の使用が許可されており、その戦いを心の中から見ているため、輝る剣がそこまで強い印象が無い。
どちらかというと使い捨て武器の方がしっくりくるくらいだ。魔法剣をバカスカ使い捨てにしているマリアもそうだが、使い捨てにせざるを得ない状況に追い込むボーガンも頭が可笑しいことを彼らのおかげで認識できるようになっただけでも収穫かもしれない。
そんなとき、背後から、糸目の男性に話しかけられる。
「せっかく来たのに間に合わんかったわ」
「シルバー、おせぇぞ」
「ちょっと野暮用があったんや。寛仁な」
「まあ、お前が居なくても勝てるような連中だったし、間に合っても出番なかったかもな」
「さすがはリーダー。大した実力無いのにワイらと違っていち早くBランクになって違いますわ」
「そういう棘のある言い方するから他の人ともめるのよ」
ヘイヘイと答えるが、シルバーは悪びれた様子はなく、嫉妬めいた目つきでアイアンを睨めつける。アイアンに一言挨拶しようとしたが、魔獣騒動の後処理があるのかいろんな人と話していたこともあり、ソフィーはそのまま宿に帰ることにした。
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