第3話 出会い。そして6年後…

 ウィリアム・アークライトは魔法が好きだ。


 1+1が2にも3にも0.5にもなる魔法が好きだ。


 まだまだ未知の領域があり、発展の余地が残っている魔法が好きだ。


 あの幾何学模様の魔法陣を見るだけでパンを何個でも食べれる。



 そんな彼がアークライト家に生まれるのはある意味必然だったのかもしれない。アークライト家にハーフエルフとして生まれた彼はその長い寿命の大半を魔法の研究にささげてきた。必要な素材があれば、ギルドのハンターと共に調達したほどだ。


 その中で後にハーフレンの長老となるゲオルグと知り合った。彼はできない仕事は必ず断るが、できると判断した仕事は必ず任務を達成するハンターの鏡ともいえる男だった。もっとも彼の腕自体はそこまで高くなく、引退するまで万年Cランクのハンターではあったが。

 引退して久しい彼から、珍しく手紙が届いたのだから、一人書斎でじっくりと読んでいた。



 金色の魔力光



 その一文字が彼の興味を奮い立たせた。古文書に記されている神官や巫女は金色の装飾が多く、金色は一種のステータスとなっている。その流れもあり、現在も彼らの装飾品の一部には金が使われているが、魔力光自体は普通だ。


 金色の魔力光など、彼らから見れば神そのものではないかと思えてしまう。無論、これがただの見間違いで太陽光がそう見えてしまっただけということもある。近くで見たいという気持ちを抑え、かつてのギルド仲間であったボーガンを呼び出す。そして、ゲオルグからの手紙を渡し、その意見を聞く。


「この手紙、君はどう思う?」


「…失礼かと思いますが、このような与太話を信じるわけにはいきませんな」


 それも無理はない。ワーウルフ退治といえばCランクのハンターが受け持つような仕事だ。少なくとも6歳の少女が敵うような相手ではない。その現実的な判断はウィリアムはコクリとうなづき、ボーガンに彼女を連れてきてもらうように命じた。




 そして、今まさに件の彼女、ソフィーがウィリアムの目の前にいるのだが、なにやらぐったりとしているようだ。何があったのかとボーガンに聞くと、魔獣に襲われ半数を彼女が撃退し、さらに護衛の治療まで行ったと報告を受けた。


 外見からE~Dクラスの魔獣だが、それを苦も無く倒せるということは手紙に書いてあったことの信憑性がさらに高まるということだ。ウィリアムはソフィーの肩をつかみと目をギラギラと輝かせて言う。


「魔力光をみせてごらん。さあ、さあ、さあ!」


「…主殿。クレアお嬢様と同じ6歳ですぞ。身体に負担をかけすぎると壊れるということは多々あります」


「つまり、今日は無理? そりゃあ、残念」


 やむなくウィリアムは残念そうに戦闘疲れの彼女に数日の休養を取らせるように命じた。


(研究は大切だが、身体を壊したら元も子もないからね。我慢。我慢)


 とウィリアムは自分に言い聞かせた。



 長老の友人とは思えないほど若い男性、30代くらいだと思うが、20代と言われると掘りの深い男性なのかもしれないと思える男性にあったソフィーはボーガンの案内で館内を探索していく。そんな中、クリクリとした黒い瞳の青髪の可愛らしい少女と出会う。


「これはクレアお嬢様。今日のお勉強はまだ残っているのでは?」


「飽きたわ。同じことの繰り返しなんてつまんない。ところで横にいるのは?」


「私、今日からお世話になります、ソフィーと言います」


「これはご丁寧に。私、クレア・アークライト、レーラントイチの天才美少女ですわ」


 フリルのドレスをつまみ上げ、礼をするクレア。クレアはソフィーの顔をマジマジとみて、恥ずかしくなってソフィーはわずかに赤面する。この辺りはマリアの妹というべきだろうか。


「まあ、魔力はそこそこあるようですし、私のライバルになる権利を与えてもよろしくてよ」


「え、え~と、ありがとうございます?」


 ソフィーの言葉を聞いた後、何かを思い出したかのようにクレアはくるりと自室へと戻っていく。そんなクレアの様子を見てボーガンは心の中で思った。


(ソフィー嬢の潜在的な力を見抜いたか。そして、自分の優位性が脅かされることでサボりがちなクレアお嬢様に刺激を与える。このためにソフィー嬢の面倒を見ると決めたのであれば、さすがは主殿だ)



 自宅のベッドと比較にならないほどケーキのスポンジみたいにふわふわな白いベッドの上で、ソフィーは心の中にいるマリアに話しかける。


(マリアお姉ちゃん、ちょっと良い?)


(私はマリアでは…もういい。あきらめた)


(私たち、村に戻れるよね。村でまたママと一緒に暮らせるよね)


(ここに来たのは魔法を学ぶためと聞いた。1人前の魔法使いになるには10年の月日はかかる)


 10年……と聞くと長いように思えるが、マリアお姉ちゃんと同じくらいの年頃になるまでと聞くとそこまで長いようには聞こえない。10年もあればマリアお姉ちゃんみたいな強くてかっこよくて可愛い女の子になれると自信が持てるとソフィーは心の内で思った。


(すまない。心の中で考えていることは駄々洩れだから、その…)


 心の中で恥ずかしがっているマリアお姉ちゃんを気にせず、ソフィーは襲い掛かってきた睡魔に身を任せることにした。



 数日たったある日、アークライト家の裏庭でソフィーとボーガンが対峙していた。観客のウィリアムとクレアはテラスで優雅に紅茶を楽しんでいるようだ。そして、ソフィーがいつものようにマリアと交代する。


「こうしてみると目を疑うね。確かに金色の魔力光だ」


「お父様、これは一体…」


「これは僕にもわからない。お手上げだね…『今は』だけど。ちょっとボーガン、彼女と手合い頼んでもいいかな」


「主の命であれば」


「断る……という選択肢はなさそうだな」


 ボーガンが腰から剣を抜き、マリアは普段と同様に金色の剣を精製する。さすがの彼女も魔法の打ち合いでアークライト家を破壊するような真似は避けたいようだ。


 ウィリアムが投げたコインが地面についた瞬間、二人は一斉に襲い掛かる。


 老いたとはいえ元Aランクとギミックは不明だが強化魔法と同等のことをしているマリアはほぼ同格、いやわずかにマリアが速いスピードだと感じた。

 こうなると体格差で有利なボーガンがやや優勢かと思われたが、マリアは一撃が重い彼の剣を受け流し、受けきれないときは別の剣を素早く生成することで手数でカバーをしていた。


 だが、所詮は素人とベテラン。最後は彼女の速さに慣れてきたボーガンがマリアの手数による攻撃と防御を貫き、首元に剣先を突き付けて決着となった。


「あの子も頑張ったけど、さすがはボーガンね。圧勝じゃない」


「はたから見ればね。ボーガン、どうだい、彼女は?」


「予想以上でした。もし、彼女が遠距離攻撃を自粛していなければどうなっていたか」


「君にそこまで言わせるとはね。じゃあ、マリア、君は?」


「……悔しい」


「なるほどね。手紙で書かれたような何事も淡々とこなすような機械人間じゃなくてよかったよ」


 ウィリアムは納得のいく答えを得たのか余韻に浸る間もなく自室へと戻った。一方で、クレアはマリアの前に行き、一言告げる。


「『今は』勝てませんが、貴方くらいの年齢になったら跪かせてあげますわ」


「それでは10年後、お待ちしております」


「分かれば良いですわ」といってクレアも退散することになった。負けず嫌いは父親譲りだと二人は苦笑しながら、今日のお茶会はお開きとなった。





 アークライト家に来てから6年の月日が流れ、ソフィーは中等部への進学が決まった。初等部ではアークライト家に住んでいることから、平民生まれのソフィーをアークライト家の人間だと勘違いされがちだったが、養子になった覚えはないし、母親は依然としてガーネットのままだ。


 ソフィーが学園生活を過ごしている一方で、マリアはアークライト家の敷地内でのみ変身し、ボーガンから戦闘の指導をしてもらっていた。

 これは金色の魔力光という災いの種になりかねないものを外部に漏らさないようにするためだ。そして、ソフィーは中等部で恥をかかないようにするため、今までの勉強を振り返ることにした。


(魔力光には何色がある? 金色は除くこと)


「火魔法の赤色、水魔法の青色、風魔法の緑色、土魔法の茶色、光魔法の白色、闇魔法の黒色があるんだよね」


(正解だ。ギルドの役割について)


「困っている人を助ける組織……でもなんか違う。どう説明したらいいんだろう」


(ギルドは王国で処理しきれない細かい仕事を請け負う場所だ)


 王国にあるギルドは地方で発生した魔獣被害を最小限に食い止めるため、発生源近傍のギルドに連絡し、国によって決められた報酬金をかけて所属しているハンターに解決してもらう仕組みだ。


 中には薬草取りなどのお手伝いレベルもあるが、これは魔獣被害が常日頃から出ているとは限らないため、ハンターで食い扶持をつないでいる人用に常時張り出されているクエストでしかない。


 ハンターにはA~Eのランク付けがなされており、通常はEランクから始まるが、学園の卒業生はD~Cランクから始めることができる。そのため、学園から卒業するというのはそれだけでステータスとなるのだ。


(最後に私たちが住んでいる王国と隣国の帝国の特徴について)


「えっ~と、王国は魔法が得意で帝国は科学が得意だったけ」


(補足するなら、王国は緑が豊かで農業には困ることなく、森林にすむエルフとの交流があったため魔法技術が伸びたといわれている)


 エルフは人間よりも体力面では難があるが、魔法についてはピカイチと言われている。だが、彼らを述べるうえで大切なのはそれよりも人間の十倍近くの寿命と言える。時の権力者は後継者の寿命を延ばすため、エルフ狩りをしていた暗黒時代があった。


 ウィリアムは異なるがハーフエルフと呼ばれる新種族はこの時代で生まれたものが多い。ハーフでも人間の数倍の寿命を持ち、老化が遅い。天寿近くと言われているものでさえ、50代にしか見えないのだから違法でエルフを狩ろうとするものが絶えない。


(帝国は鉱石資源が多く発掘され、鉄鋼をお手軽に作れたため、機械や科学の分野が発達したといえば完璧だ)


 帝国は、魔法という個人による差が大きいものに依存せず、誰しもが平等な力を得ることができる科学の力で勢力を拡大していた。銃という兵器の開発は魔法使いの差を縮めることに成功したといわれているが、逆転までは至っていない。


 銃を撃ったとしても、初級の光魔法であるプロテクションで跳ね返され、風魔法に至っては下手すれば銃弾のコントロールを奪われる結果になりかねない。


 そのため、奇襲用途でしか使えないというのが専らの評価だ。かつては血みどろの戦争をしていたこともあったがここ百年は大きなイザコザは起こっていない。


 勉強は苦手だなと思いながらも、村の平凡な暮らしに一刻も早く戻りたいソフィーはマリアに励まされながら、一人前の魔法使いになるための勉強を再びやり始めた。

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