第2話 旅立ちの日

 その日、長老を含む村の有力者は会議を開いていた。議題は言うまでもなくソフィーのことだ。はじめに強面の男性が、口を開く。


「ワーウルフ数匹を瞬く間に撃退した彼女は危険です。何らかの対処をしなければ、今度その力が向けられるのは我々かもしれません」


「対処と言ってもどうやって。まさかギルドの連中を雇って暗殺とかいうわけないよな」


「最悪は……それも考慮すべきかと」


 会場内がどよめく。

 確かにソフィーの力は強大だが、自分たちを救ってくれたのは事実としてある。その恩を仇で返すのはいかがと思ったからだ。


 この場を取り仕切る長老はそれが彼の本心でないことを見抜いていた。わざと過激な発言をし、汚れ役を引き受ける彼を長老は高く評価していた。無論、この一言で議論が尽きるのであれば、それもやむなしという非情さは必要だが。


「確かに彼の言うように彼女がその力を間違った方向に奮えばそれは脅威です。ですが、そうならないように導くのが大人の債務ではないでしょうか。大人というのはただ成長すれば良いというわけではありません。次の世代をより正しく導く責任を負うからこそ大人と言えるのではないでしょうか」


「詭弁だな」と腕を組んだ強面の男が一蹴する。しばらくした議論した後、皆の者が長老の方を見る。どうやら裁決を下さないといけないようだ。


「皆の者が言うように脅威とみるのはやむを得んとワシは思う。そして、子供を導くのは大人の義務なのも疑いようのない事実。じゃが、ワシらにはあの子を導けるような知識も経験もない。そこでじゃ、ワシの友人、ウィリアム・アークライトとコンタクトを取り、魔術学園で彼女を育ててもらうというのはどうじゃ」


 ウィリアムは魔法の研究や後進育成に力を入れており、また彼の祖父は魔術学園の考案者でもあった。ただ、彼らは経営までは手が回らないということで、実際の運営は別のものにやらせていることが多い。


 だが、数多くの魔法使いを輩出した功績は大きく、男爵の爵位を与えられている。彼らにとってはただの飾りなのか社交場に出ることが少ない。


 そんなかれらもソフィーのことを聞けばどうだろうか。興味深い事例だと考え、目の届く範囲で彼女を育てるのではないかと長老は考えたのだ。


「あとはガーネットさんの説得ですね」と男性が確認すると、全員がうなづき、議論は終了した。




 ワーウルフの襲撃から数日後、母親のガーネットは真剣なまなざしでソフィーと向き合う。

 魔術学園への入学はガーネットがいくら反対したところで押し切られてしまうだろう。こうして娘と平凡な暮らしができるのも残り少ないに違いない。だからこそ、向き合う必要があったのだ。


「ソフィー、あんたは一体何なんだい?」


 母親として失格に違いない言葉だ。だが、かすれるような声でそれを言ってしまった。もう知らないからと後戻りはできない。それを聞いたソフィーは困ったような顔をした後、静かに目を閉じる。


 そして、あの時と同じように光り輝くと、あのときと同じ少女が目の前に立っていた。もう疑いようのない、娘と少女が同一存在であるれっきとした証拠だ。こちらを見通すような紅い眼で自分を見つめていた。


「ソフィー……なのよね?」


「私は『私』だ」


 改めて、彼女をじっくりと観察する。髪の色や目の色や目つきの悪さを除けば、あとソフィーが十年くらい成長すれば彼女になるかもしれないと、思わせるくらい面影は残っている。


 ガーネットは思わず、ソフィーと名乗る少女を抱いてしまう。予想外の行動だったのが、少女は恥ずかしさのあまり赤面する。


「な、なにをしている。私は『私』だが、お前は『私』の母親だろ。私ではない」


「いいえ、貴方も私の娘よ。ごめんなさい、貴方に辛いことをさせてしまって」


「あ、あれくらいの敵は敵じゃない。いい加減に放せ」


「ごめんね、母親失格で。あなたたちを守れなくて」


「安心しろ、私が『私』を守る」


「そうね…私がいない間、ソフィーを守ってね……マリア」


「ま、マリア!? だれだ、ソイツは??」


「ふふふ、貴方の名前よ」


「私に名前などひ………」


(ダメだよ、マリアお姉ちゃん)


(『私』!? ええい、今日は帰るからな。別にうれしくなんかないからな)


 パニックになった少女、マリアがソフィーに戻ると親子二人はクスクスと笑いあう。一見クールに見えても、中身は娘と同じ純真な女の子だった。


 ソフィーの中にいるのが、一部とはいえ村の人らが言う化け物だったら……と思うとガーネットは夜も眠れなかったが、ソフィーもマリアも自分の娘であるとわかっただけで一安心した。


「今日はソフィーの好きなキャロットのケーキだからね」


 と言ってあげると「わーい」と目をキラキラと輝かせ、嬉しそうに答える。


 そう、今日はソフィーの誕生日。


 この数日でめぐるしい変化があったとはいっても、めでたいことはしっかりと祝う。それはきっと平凡な日常を彩るスパイスとなるのだから。


「ソフィー、誕生日おめでとう」


 ソフィーがケーキの上のろうそくの火をふっと吹き消す。いつもなら、ケーキをすぐに切り分けるのだが、ガーネットはまたロウソクに火を灯す。


 そして、ソフィーは再びマリアに変身し、困惑した様子で眼前のケーキを見つめている。


「……『私』に頼まれたから、出てきたのだが。コレはなんだ?」


「ふふ、もちろん誕生日ケーキよ」


「誕生日? ケーキ??」


 どうやら彼女の辞書には誕生日ケーキという単語は含まれていないようだ。もしかすると一般常識はすべてソフィー持ちなのかもしれないと思うほどだ。


 暗闇の中揺れるろうそくの炎とマリアの紅い眼が組み合わさって、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。そして、先ほどのソフィーの真似をすればいいと結論付けたマリアはソフィーと同じく火を消し飛ばした。


「マリアも誕生日おめでとう」


 恥ずかしそうにマリアはうつむき、ソフィーに交替する。対人関係の少ない、というより表に出て数日しかない彼女にとって誰かと一緒にいるというのは精神的負荷も大きい。


 それゆえの交代だとソフィーはもう一人の自分で姉のマリアのことを理解していた。キャロットのケーキはこんなに美味しいのにとケーキを大きく頬張る彼女を見て、ガーネットは嬉しそうに見ていた。




 誕生日から数週間が経ったある日、その時は訪れてしまった。ウィリアムの側近で初老の男性ボーガンが村に来たからだ。かつてはギルドで活躍したAランクのハンターであり、今では現役を引退し、見込みのあるハンター候補生を鍛え上げている。


 その経歴通り、大柄で筋肉質でゴツイ彼は老いを感じさせぬほどの威厳を見せつけている。そんな彼がソフィーをギロリと睨めつけたら、まだ幼い彼女は怖さのあまり震えてしまうのはやむを得ないことだろう。


(こんな小娘が数匹のワーウルフを瞬殺…にわかには信じがたい話ではあるな)


 変身しただの金色の魔力光だの報告は受けているが、彼の主はおろかボーガン自身ですら信じていない。そのような魔法は存在していないからだ。


 だが、そのような魔法が万に一つでもあれば面白いと主は考え、彼女の面倒を見ることを決めたのだ。そして、涙を浮かべて別れを告げる親子を見て、良心の呵責はないといえばうそになるが、主の命であれば、心を鬼にすることはたやすいことだった。



 馬車を走らせて、数日。もうじき主の住む館につくという頃合い、それは起こった。


 魔獣の群れがこちらに向かってきたからだ。黒い獅子のような魔獣が5頭、それよりも一回り大きい赤黒い牛のような魔獣が7頭、計12頭の群れだ。


 万が一、盗賊等に襲われた時のため、信頼のできる護衛数名を連れてきたとはいえ、これだけの数をするには力不足としか言いようがない。


 馬車を止め、護衛が慌てた様子で飛び出していくが、彼らが食い止めたの半数のみ、残り半数はこちらに向かってくる。


 ソフィー嬢を傷つけたりしたら、主からどれだけの叱責を受けるか……と思い、少しなまった身体を動かそうとしたとき、ボーガンの背後からただならぬ気配を感じた。


 振り返ると、そこにはソフィー嬢の姿はなく、金髪の少女が当然のように出てきたからだ。


「数は6。御者を巻き込まないように…近づき殲滅する」


 金色の剣を精製すると、身体強化でもかけているのか少女らしからぬ速さで魔獣の元へと走り抜ける。すれ違いざまに1頭を切断。


 敵を認識した魔獣が動きを一瞬止めたすきに指先からの光線で2、3頭目を撃破。牛の魔獣2頭が挟み撃ちにして襲い掛かろうとしたところをぎりぎりまで引きつけ空高くジャンプし、2頭がぶつかり合う。いつの間にか両手に持っていた剣をひるんだ2頭に投げつけ、その命を散らす。


 かなわないと思ったのか最後の1頭が逃げようとしたが、6匹をすでに倒した護衛に退路を断たれ、背後から突き立てられた剣によってその目論見は露と消えた。


 そんな戦いぶりを見てボーガンは彼女の評価を変えることにした。戦闘後に護衛を癒しているソフィー嬢がワーウルフ数匹を瞬殺したという話は嘘ではないと。


 自分があと10年若く、彼女があと10年の経験を積んでいれば、血気盛んに勝負を挑んでいたかもしれないとボーガンは思った。枯れ果てたと思っていた自分の身体にまだ燃え滾るものが残っていたのかと内心驚きながらも、それを見せつけないように冷静に振る舞い、主の館へと走らせた。

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