私と女神の二重生活~最強の姉は自分自身!?

@zechs669

第1話 「私」が生まれた日

  豪雨の中、赤ん坊を抱えた一人の女性、ガーネットが息を切らしながら鬱蒼とした森の中を走っていた。


 ガーネットの顔にはしわが見え隠れし、年は40代近くだろうか……必死の形相で先から喚き声すら上げない我が子を抱えていた。


 森を抜けると、さびれた教会いや、十字架は傾き、外壁にはツタのような植物が這っていることから、朽ち果てたという表現が正しいかもしれない。


 そのような教会にガーネットは神妙な趣でさびたドアを開けて、入っていく。


 蜘蛛の巣が張り巡らされているような教会に人がいるはずもなく、ガーネットは涙を浮かべながら女神像に向かって祈りをささげた。


「お願いします、この娘を助けてください」


 ガーネットは病になった自分の子供、ソフィーのために祈り続ける。


 子供にかかりやすく、致死性の高いこの病は村人たちからも恐れられ、薬をもらうところか、森の中にでも捨てて新しい子供を作ったほうがいいとまで言われる。


 ガーネットも最初は村のためにと捨てようとしたが、苦しんでいる我が子を見て、それができなかった。


 そのとき、山菜を取りに来た時に古ぼけた教会を見つけたことを思い出し、誰もいないことはわかっているにも関わらず、なぜか行くべきだと感じた。



「その娘を救いたいですか」



 手に抱えた我が娘が冷たくなっていく中、背後から女性の声が聞こえる。


 幻聴かと思いながらも、振り向くと青と白を基調としたシスター服を着た、声からすると年若い金髪の女性がゆっくりと近づいてきた。


 涙ながらになったせいか顔は良く見えない…そもそもさびたドアを音もたてずにどうやってはいったのか、いつから居たとか細かい疑問はどうでもよかった。


 ただ、娘を救えるのであれば…


 そんな母親の気持ちを察したのか女性は我が子の頬をゆっくりとなでる。


「私が助ければ、この娘は災厄や困難に襲われ、苦しみ続けることになります。それでもよろしければ助けましょう」


 ガーネットは絶句した。


 神に仕えているシスターの預言はほぼ確実と言ってもよいくらいに起こってしまう。


 今、娘を助けたとしても一生苦しめてしまうかもしれない。今、楽にしたほうが娘のためかもしれないと。そのような不安がよぎる。


 でも、ガーネットはその不安を振り払うかのように首を横に振る。

 ただ、一言、「お願いします」と告げる。


 女性がふれた手先から淡い金色の光がはなたれ、死に体となっていた赤ん坊の顔色がみるみるよくなっていく。


(回復魔法? でもあんな光みたことない……)


 この世界には様々な魔法が存在しているが、魔法の種類と魔力光は密接にリンクしている。


 火の魔法を使うなら赤色の光を放つ魔法陣が浮かびあがり、水の魔法を使うなら水色の光を放つ。


 そして、回復魔法が属する光魔法は白い光を放つのが普通であり、金色の光を放つ魔法など見たことも聞いたことも無い。


「ちょっと容姿に影響はでますが問題はないかと。私はこれで」


 と女性がすっと立ち上がると、外へ出ていく。


 礼を言っていないことに気づいたガーネットは、急いで教会の扉を蹴り破るかのような勢いで開けると、激しい豪雨が嘘のように晴れており、ぬかるみには一切の足跡も残っておらず女性の姿は初めからなかったかのようだった。


 だが、手に抱えた我が娘、ソフィーの寝顔は穏やかなものであり、あの出来事は嘘でなかったことがわかる。


(ソフィーは私が守る。もうこの娘には私しかいないんだから……)


 今は亡き夫に誓って、ゆっくりと母親は村へと戻った。




 それから月日が流れ、もうすぐ6歳になるソフィーが窓の外で元気に走り回っているのを見ながら、今日の晩御飯の支度をしていた。


 銀髪の髪と青い眼は母親の自分でも、ましてや夫のそれとも異なるが、あのときの治療の影響だと理解していた。もうあれからもう6年になるのかと母親は思っていた。


 あれからソフィーを注意して見てきたが、病気になることもケガをすることもなく元気に過ごしている。


 あのシスターの言葉は自分を試すためのはったりで、金色の光は何かの見間違いだったとも思えてきたほどだ。


 ただ一つ心配なのはと思っていると、外から子供の泣き声が聞こえる。何事かと思うと、近所の男の子が転んで擦りむいただけのようだ。


 すると、ソフィーが男の子の膝に手をかざすと白い光が零れだし、傷口がふさがっていく。


 回復魔法が使える。


 魔法を使うのに魔力があるという才能と学園等に通って知識を身につける必要がある。


 幼い我が子は何の知識を持っていないにもかかわらず、当たり前のように回復魔法を行使している。


 魔術学園の関係者がこのことを聞いたら、大急ぎで駆け付けソフィーを引き離すかもしれない。それくらいありえないことだ。


 でも、ここから魔術学園がある都市、レーラントは馬車でも数日はかかるくらい離れており、村にはこれといった特産物はないのだから杞憂にすぎない。


 そう思いながら、シチューを作っていた母親は外が騒がしくなっていることに気づく。子供だけでなく大人たちの声も交じっており、それだけで先の子供みたいな些細な出来事でないことがわかる。


 玄関を開けて、外を見ると、そこには手に鍬を持った大人の男性数人と狼の獣人、ワーウルフが数人が対峙し、一触即発の雰囲気であった。


 獣人は人間よりも高い身体能力を持つ代わりに魔法が一切使用できない種族だ。


 だが、魔法が使えない一般人にとっては脅威でしかない。彼らが襲い、村が文字通り食い殺されたという話は誰もが一度は聞く。手に武器未満の農具ではその差を縮めることなどできない。


 それはまさに大人と子供の喧嘩でしかなかった。


 ワーウルフはあざ笑いながら、若い男性たちを鋭い爪で農具ごと切り裂き、牙で腕の肉を食いちぎり、吐き捨てる。


 一人二人と倒れていき、数分もしないうちに立てるものは誰もいなかった。ワーウルフがこちらをギロリとみて、とっさに目の前にいたソフィーを背後に隠す。


 だが、時すでに遅し。


 ワーウルフがドシドシとこちらに近づいていく。ガーネットはソフィーを守るかのように覆いかぶさるが、獣人の力の前では女性の力など紙切れに等しい。


 コバエでも払うかのように母親を引きはがすと、ソフィーの眼前に立ち、舌なめずりをする。


「アニキ、この小娘旨そうですぜ」


「なんだガキじゃねぇか。ガキはやわらかいが、量が足りねぇよな。そことそこの女も連れていけ!」


 兄貴分のワーウルフが指示を出すと手下のワーウルフたちが村の女性を引きずりだす。


 近くにいた男性たちは先ほどの男たちの二の舞になりたくないのか抵抗をする様子もなかった。


 ただ、ガーネットは連れていかれるソフィーのためにワーウルフの足を必死にしがみつく。


 うざく感じたワーウルフがソフィーの手を放し、殴り続けるが、それでも手を離さない。あちこちから青い痣と血が出て、いつ意識を失ってもおかしくない状況でソレは起こった。




(ママが死んじゃう……)




 ワーウルフの暴行を受けてソフィーはそう思った。


 幼いソフィーはどんなケガをしてもいつものように魔法を使えばいいと思っていた。


 だけど、先からピクリとしてもしないワーウルフに見せしめにされた若い男性らはどうだろうか。


 もし、自分が回復魔法をかけたとしても果たして彼らは息を吹き返すのか。


 世界には不老不死の吸血鬼がいると聞くが、それゆえのデメリットはあるし、殺す方法は様々な話で出てくる。死んだ者は生き返らない。


  それは世界の理であり真理だ。


 父親がいないソフィーにとって肉親は母親のガーネットだけであり、その深い愛をソフィーは感じていたし、それに応えるために良い子にしてきた。


 だから、ワーウルフに連れていかれるときも、せめてママだけはと抵抗もせずについていくつもりだった。


 でも、ママは死にかけている。

 今にでも回復魔法をかければ助かるかもしれないけど、そんなことはできない。そうおもっているとき、ソフィーの頭の中に誰かの女性の声が聞こえる。


 この現状はなんだ? 誰が悪い?


 決まっている。ワーウルフが悪い。


 本当に?


 うん。私は悪くない!大人の人もやられちゃうんだよ。


 力が欲しい?


 ……欲しい。


 何が欲しい?


 あんなやつらを倒せる力が欲しい。


 私は「私」が望むならその力を使う。


 お姉さんは誰?


 私は「私」だよ。


 女性の声が聞こえなくなると同時にソフィーは意識を手放した。





 ワーウルフは苛立っていた。

 足にしがみつくガーネットが何度殴ろうとも足蹴りしようともその手を離さないからだ。


 アニキの方をチラリとみると、さっさとヤレと言わんばかりでにらめつけていた。殺すと血が噴き出て、体が汚れるから嫌なんだよなと思うが、アニキに怒られるほうがもっと嫌だ。


 そう思ってガーネットを噛み殺そうとしたとき、ソレは起こった。

 

 ソフィーがいたあたりから、金色の光が放たれ、目がくらんだ。


 ワーウルフがその元凶を確かめようとそちらを振り向くと、ソフィーの姿はなく、代わりに腰まで伸ばした金色の髪を持つ血のような紅い眼の15~16くらいの少女がコチラを睨めつけていた。


 何が起こったのかよくわからないが、手持無沙汰の別のワーウルフが鋭い爪で金色の少女に襲い掛かる。


 この場にいた誰もが少女が悲惨な最期を遂げると思っていた。だが、少女はワーウルフに怯える素振りを見せず、指一本ワーウルフに向けて一言を放った。


「シャイニングレイ!」


 少女の指から放たれた金色の光線がワーウルフの額を貫き、その生涯を終わらせた。


 ワーウルフが俊敏な動きをするといっても、魔法があればそのアドバンテージを覆ることもありうる。あの少女からはそんな雰囲気を感じさせる。


 さっさと逃げたいが、ババアがそれを封じている。そして、少女の指はこちらをさしている。


「参った。降参だ!」


「シャイニングレイ!」


 彼女の声が聞こえた瞬間、意識は永遠に途切れた。




 少女は兄貴分のワーウルフの方を見る。


 子分があっさりとやられたのを見て危機感を感じたのか、引きずりだした女性を盾にして、首先には爪を添えて「いつでも殺せるぞ、殺してほしくないなら、見逃せ!」と言わんばかりだ。


 私は「私」のために戦う


「私」のためなら、どんな犠牲でも払おう


 少女は何の迷いもなく人質ごとワーウルフを狙おうとしたとき、ソフィーの声が聞こえる。


 やめて。


 なぜ、止める。あれは敵だ。


 でも、オバさんは敵じゃないよ。


 同じだ。一人の犠牲でこれから発生するであろう多くの犠牲を救えるなら安い。


 でもダメ。


 ……どうしてもか?


 どうしても。


「私」がそういうなら私はそうする。


 少女は短い呪文を唱えると、虚空から淡い金色の光を放つ剣が現れ、それをしっかりと握る。ワーウルフはしまったと思う。人質という姑息な手段を用いた故に利き手も俊敏な足も使えない。


「来るな、来るな!」と喚いているが、そんなことを気にせず、疾風のような速さで、女性をつかんでいた腕を切り落とし、女性の安全を確保。泣きわめいているワーウルフに続けて2撃目でワーウルフの首と胴体を別れさせた。


 ガーネットを含めその一部始終を見ていたポカンとした様子でその戦闘を見ていた。そして、少女はガーネットのもとに駆け寄り、その姿をソフィーのものにする。


 そして、ソフィーは何事もなかったかのように母親に回復魔法をかけて、その傷をいやした。

 母親は思った。


 あのとき、自分が願った相手は誰だったのか。


 あのとき、私は自分の娘に何をしてしまったのか。


 でも、そんな後悔よりも力を使い果たしたのか可愛い寝顔をさらけ出している娘を抱きしめることにした。

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