第49話 ハザードもメリーゴーラウンドも止まらないし、むしろ修羅場はゆるやかに加速する
昔から、どうにもメリーゴーラウンドというものに苦手意識を持っていた。
それを思い出したのは、残念ながらすでにゆっくりと上下しながら回り進む馬の上にいる時だった。
「……………」
ただひたすらに同じところをグルグルと回るアトラクション。
さらにいえばこの上下運動、これがあまり好きではなかったみたいだ。
本物の馬に乗る時にも、こんな風に上下に揺れるのだろうか。
もしそうだとしたら、多分僕は乗馬はできないだろう。
「…………」
なぜ、僕がこんな事を考えているのかというと、
「…………どうして、僕は小さい子に混ざって一人でここに乗っているんだ……」
急な遊園地ぼっちをくらったからである。
※※※
別に、神谷先輩に見捨てられて置いていかれたわけではない。
……決して、ない。(震え声)
昼食を終えて、また幾つかのアトラクションを巡った後、神谷先輩は少し用事(おそらくお手洗い)ということで、僕はひとり残ることになったのだ。
少し疲れていた為どこかに座りたかったけれど、近くのベンチが軒並み埋まってしまっていた。
だからとりあえず、すぐ目の前にあったメリーゴーラウンドに乗ってみることにしたのだが………、
正直に言います。
小さい子が周りで見ている親御さんたちに元気よく無邪気に手を振る中、僕が回ってきたときだけ目を逸らす親御さんたちの痛ましさったら………もう………。
なぜこんな時に限って他の乗客が小さな子供ばかりなのだろうか。
もっとカップルとか乗ってよ!キャッキャウフフでもしてろよぉおお!頼みますからぁああ!
それでも、やはり、前だけを見て進むしかないということなのだろう。
たとえ何度も親御さんたちの目の前を横切るとしても……。そう、目線を合わせないように。
やっぱり、どうにもメリーゴーラウンドは好きになれない。(濡れ衣)
※※※
やっとメリーゴーラウンドから解放されると(言い方!)、すでに神谷先輩も戻ってきていた。
少しの時間しか離れていなかったのに、この三年ぶりに会ったかのような感動は一体何だろう。
「かーみーやーせーんーぱーいーー!」
かなり大きめの声と共に駆け寄ると、先輩は一瞬ギョッとしながらも、
「十宮君!」
「せんぱーーい!」
手を広げて、受け入れる姿勢をとってくれた。
「会いたかったよぉおお!」
「まったく状況が読めないけど……えぇと、よしよし」
「うわぁぁあああん!」
それは、もはやお化け屋敷の時のそれよりも酷い有様だった。
やはり本当に怖いのは、お化けよりも人間だった……?
……………。
少し冷静になって、先輩から離れる。
ダメだ、謎のテンションに飲まれていた。
二人、改めて園内を歩き出す。
「………もうそろそろ、時間かなぁ」
遊園地に設置された大きな時計を見れば、時はすでに3時に迫っていた。
帰る時間も含めれば、もう次で最後のアトラクションになるかもしれない。
何に乗ろうかな。
※※※
それは。下に小さな川が流れていて、けれどそこそこの高さのある橋を渡っている時のことだった。
「最後に、どこか後一つくらい行けるかな」
「そうだね。それなら……」
そう神谷先輩が言いかけた瞬間、『ビュー』と強い風が吹き、神谷先輩の頭の上にあったツバの広い帽子を見事に掻っ攫っていった。
「あ………っ!」
僕は思わず声を上げたが、それは何も帽子が飛ばされた事だけによるものではなかった。
飛ばされた帽子が橋の下の川に落ちそうになった瞬間、神谷先輩は橋の手すり部分に足をかけ、それを飛び越えて帽子をキャッチしようとしたのだった。
それを見て、僕は咄嗟に彼女の手を引き………
「へ?」
そしてそのまま勢い余って、ぐるりと立場を入れ替えるようにして、川へと落ちていった。
「っ、十宮君!」
最後に見たのは、自分の名前を必死に呼ぶ彼女の顔と、伸ばされた手だった。
※※※
「キミは!なんて危ない事をするんだ!」
どうにか上手く着地を決めることができた僕は、下へと降りてきた神谷先輩から怒鳴られていた。
ちょうど頭に乗っかった彼女の帽子は、着地した後で尻餅をついて濡れてしまった僕の体と違って無事で、全く汚れることはなかった。
「少し間違ったら、命の危機だってあったんだぞ!」
真剣な神谷先輩。けれど、僕はそんな先輩にも言いたいことがあった。
それは、そっくりそのまま言い返すように。
「…………あのね、それはこっちのセリフなんだけど」
「へ?」
僕の様子を見てどうやら怒っているのが自分だけじゃないと気づき、ぽかんとする神谷先輩。けれど僕はそれに構わず、感情的に声を上げてしまう。
「だって!いきなり橋から飛び降りようとしたのは神谷先輩でしょ!?あんなのびっくりするにきまってるじゃないか!言っておくけど、神谷先輩だって危なかったんだからね!! 「……いや、あのくらいの高さ、ボクは大丈夫で……」 だまらっしゃい! 「ひゃい!」 ……そりゃあ、まさか僕まで落ちるとは思わなかったけど、それでも咄嗟に助けようと思わないわけないでしょ!!??いくら帽子が落ちそうだからって、自分まで橋から飛ばないでくれない!?心配になるから!!」
「…………」
※※※
結局、下に降りてきた神谷先輩もなんだかんだ水に濡れてしまい、二人とも売店に売ってあった遊園地のハリネズミを模したキャラクター(よく分からないけど、とても可愛い。ハリネズミを選んだ担当の人はセンスがいいと思う)が大きくプリントされた服に着替た。
それからなんとなく気まずいような空気が流れたものの、まだ今日は一度も観覧車に乗っていなかった事を思い出し、足は自然とそこを目指して進んでいた。
「………」
「………」
こんな状態で密室で二人きりというのはいたたまれないかもしれないけど、僕はどうしても今日、観覧車に乗っておきたかった。それがどうしてかは、多分上手く言葉で説明できそうにもないけど。
そんな僕に神谷先輩も付き合ってくれるのか、何も言わずにいて、結局二人とも無言のままで一緒の赤いゴンドラに乗りこんだ。
相変わらず無言が続くゴンドラの中。
僕らは互いに向かい合うように座ったものの、相手の方を見れずに窓の外の景色だけを見てしまう。
景色を見ることは観覧車の楽しみ方としては間違っていないのだろうけど、それでも、今の僕たちには……。
いつかの頃と場所は違うけれど、相も変わらず空は広くて。どうしてか自分がちっぽけなものに感じられてしょうがなかった。
結局、一人になるものだと。
※※※
──それは、やけにゆっくりと動くゴンドラが頂上へあと少しと近いた時だった。
「ふふっ」
急に、先輩は笑いをこぼした。
「………どうして笑ってるの?」
少し不機嫌な言い方になってしまったのは、本当にその理由が知りたかったからかもしれない。
しかし、そんな僕と対照的に、彼女はまったく思いもよらない言葉を口にした。
「ありがとう」
「………え?」
さすがに、これには僕も驚きの声を漏らして彼女の方へと顔を向け、
「なんで?僕、あんなに怒って、………結構大きな声で責めちゃったのに……」
それでも神谷先輩はこちらを向いて優しい笑みを浮かべていた。
訳がわからない、とはまさにこの事だったと思う。
「………少し、昔話をしようか」
彼女は直接は答えずに、目を伏せながらそう切り出した。
「ボクはね、実は小さい頃、この遊園地に来たことがあるんだ」
「え……?」
それにしては、全く初めてのように楽しんでいたような気がする……。
「ああ。でも、その時はあまり楽しめなかったんだ。というより、全くと言って差し支えないくらいだった。『楽しい』というものが、そういうものが、理解出来なかったんだ。変わらない日常に、終わらない孤独に、ある種の虚無さえもあったんだ」
「………」
「──でも、十宮君に会えて、今日キミとここへ来て、一緒に遊んで。それはとても刺激的で、楽しかったんだよ。………たとえ、怒られたとしても」
「でも、それは………」
「ふふっ。知らないのかい? 『怒られる』、というのはね……その人が自分のことをちゃんと考えてくれている、という事らしいんだよ? さっきだって、キミがボクのことを心配してくれたというのが、痛いくらいに伝わってきた。キミにそう思われて、ボクはとても幸せを感じてしまったんだ。さすがにキミに悪いとは思うけれど、それでも、心配をかけてしまって申し訳ないと思うよりも、ずっと、ずっと。
それが、その気持ちが、その心が、ボクの中にどれだけ響いたことか。
………だからね、キミに怒られるというのは、
──────とても嬉しい事なんだよ。ボクにとってはね」
だから、ありがとう。と 心底嬉しそうに、彼女は、神谷先輩は、きゅぅっと笑った。
それは、怒られた側から怒った側への言葉としては全く的外れといえるほどの言い分のはずだけれど、どうしてか心が震えて、浮き足だったような熱を覚え、その言葉の全てを逃す事なく全身が捉えている。
ちょうど空を裂くように照らす陽の光の帯が、彼女をより鮮明に映し出すようにゴンドラの窓を覗いていた。
とても綺麗だと、そう思った。
※※※
「綺麗……」
それが彼女自身を指したのか、その光景を指したのか分からなかったけれど。僕は目の前のものを熱に浮かされたように見つめていて、自分でも知らないうちにそんな言葉が漏れ出ていた。
「はへ?」
途端に神谷先輩は若干上ずったような声で、何やらポカンとしてしまう。
「「……………あの、」」
何か言わなくてはと思えば、ピッタリとタイミングが重なってしまって。
どうにもおかしいような、いつもとはズレた変な気分で。
「「………」」
さっきまでとはまた違った意味で気まずい無言の空気が流れていたけれど。
それでも前よりも少し心が近づいたような、さっきまで感じられなかった不思議な心地よさも確かにあった。
とりあえず、顔が真っ赤なのは、二人とも同じだった。
こうして観覧車に乗ったのを最後に遊園地を後にした僕たちは、神谷先輩の家の近くで、いつかのような『また明日』という言葉を交わして別れた。
そして次の日、
僕は風邪で寝込んだ。
────────
次回の更新日は一週空いて『12月12日』となる予定です。
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