第50話 君の知らない物ばかり
「ねーんねーん、こーろこーろ、こーろころーりぃーよー……」
ぐっすり寝てるからこの子守唄は聞こえていないかもしれないけど、それでもあたしはぽんぽんとお布団を軽く叩きながら、ベッドの横に座って優しく歌う。
なんだかさっきまで苦しそうだったから心配だったけど、今は熱も少しは和らいだみたいで、ちょっとは安心そうに眠ってる。良かったぁ。
……あたしの子守唄が始まった途端にまた苦しそうになったのは解せないけども。
やっぱりあたし、音痴なのかなぁ……?
あ、それはそうと。
どうしてあたしの大事なおにいちゃんがこうして寝込んでしまっているのか。
昨日は何があったのか。
………やっぱり、そういうのは当事者本人に聞いたほうがいいのかも。
「──ということで、説明してもらえませんか? ええと、……神谷、那月さん?」
「──はい」
あたしは、こーんなに眉を釣り上げたむっとした表情で、部屋の隅で膝を抱えてうずくまっている彼女にようやく話しかけることになったのだ。
※※※
ほんの少し前の話。
昨日の夜からおにいちゃんはなんだか少し具合が悪そうだったから心配だったんだけど、……やっぱりとうとう朝から熱を出して寝込んじゃって………。
お父さんもお母さんも今日はどうしても休めないらしくて、そうなるともうあたししかいないわけで。
だから「あたしが看病しなきゃ!」って言ったんだけど、「熱もそんなに高くないし軽い風邪だろうから大丈夫」っておにいちゃんが言うから……。
結局1日中あんまり授業に身が入らなくて、あたしは学校が終わってすぐ急いで家に帰ってきたんだ……けど、
「……あぁ、どうしようか……」
──その時、ちょうど玄関の前でウロウロしている不審な人物を見つけちゃった。
警察に通報しようかと思ったけど、たしかあの人は……まだ実際に会ったことはないけど、お母さんから貰った写真で見た人物──つまるところ、おにいちゃんの友達だという人らしかったから、声をかけて家に入れることにした。
どうやらおにいちゃんのお見舞いに来たものの、いざ家の前に来るとなかなかインターホンを押せないでウロウロしてしまったらしい……。
神谷那月さんというらしいこの人は、写真で見るよりもずっと大人びてて背も高くて……ぶっちゃけ、美人さんだった。
……もし、この人がそうだったら…………。
おっと、今はそれよりもおにいちゃんを。
「おにいちゃん!!」
しっかり手洗いうがいをしてなるべく可愛い部屋着に着替えて、いざおにいちゃんの部屋に飛び込んだら(鍵はかかっていなかった。まぁ、かかってても開けれるけど)、おにいちゃんはベッドに横になってた。
「………あぁ、…………おかえり……」
なんとか挨拶は返してくれたけど、すごく辛そうだった。
やっぱり看病必要だったでしょ!……って怒るのは後回しにして、すぐにあれこれドタバタと駆け回って看病を開始する。
そうして一通り終わっておにいちゃんの寝顔を眺めていた時。
「………あ!」
玄関で「ちょっと待っててください」と言ったきり放置してしまっていた神谷那月さんのことを思い出した。
そして那月さんは部屋に上がっておにいちゃんの様子を見るなり、
「あぁっ……!十宮君、すまない………、ボクが、………こんなボクのせいで………」
と言って部屋の隅でアルマジロみたいに丸まってしまった。
一体何があったのか。あたしは子守唄を口ずさみながらあれこれと想像を巡らせた。
※※※
「──なるほど。朝早いというのに待ち合わせより3時間も早く来ていた兄を、挙句自分のために待ってくれているんだと嬉しくなってもう来ていたにもかかわらず待ち合わせの1時間前になるまではただ見ていて。コーヒーカップで酔わせて膝枕して、ってまた膝枕!?………それで怖いのが苦手な兄をお化け屋敷に連れて行って抱きつかれて羨まし……じゃなくてお化けがいたとかで怯えさせて、ジェットコースターに何回も乗ってまた膝枕。飛ばされた帽子をキャッチしてもらったけど兄はそのまま川へ落ちた、と………」
「はい……」
「つまり、それって………」
だいたいの話を聞き終えた後。
あたしは目の前で正座をして俯いている彼女に向けて、眠ってるおにいちゃんを起こさないように努めて小声で叫んだ。
「ただのデートじゃないですか!!」
※※※
「いいなぁ、あたしもまたおにいちゃんとデートしたいなあ」
遊園地デートだなんてそんなの聞いてない、あたしもおにいちゃんと遊園地デートしたい。
「そ、そんな『デート』だなんて……………、ん?また? ということはキミも……真由君もデートを……?」
「そうですね、それはもう何度も何度も。日曜日はよくショッピングデートなんかもしましたね。楽しかったなぁ、服なんかも選んでもらったりして。おにいちゃんはなんか恥ずかしがってたけど」
「ふ、服を……?……でもまあ、ボクも一緒に勉強会などをした時には、間接キスなども経験済みだから、それなりに深く関係を持っている事になるね」
「き、きす……!!?」
「………今、ボクは言わなくてもいいことを言ってしまったような……。でもここまで来たからには、もう引くことなどするまい!」
「「…………」」
しばらくお互いにニコニコ笑顔でバチバチと火花を散らしたことはおにいちゃんには内緒。
「──けれど、本当にすまない。ボクが昨日あんなに連れ回したりしなければ……」
さっきの勢いはどこに行ったのか、がくりと項垂れて声も細く小さくなる那月さん。
「もういいですよ。別に那月さんだけのせいってわけでもないと思いますし」
それはホント。
………多分、おにいちゃんは昨日の朝から少し具合が悪かったんだと思う。
あんまり眠れてなかったみたいだし、そんな状態で朝早くから出かけて一日中遊んでたら、そりゃあ体調も悪くしちゃう。
でも、そんな状態でも朝からあんなに楽しそうで、そこまで二人で遊びに行くのを楽しみにしてたってことを教えちゃうのって、それってなんだか敵に塩を送るみたいで
ふん!
「帰ってきてからもおにいちゃん、『楽しかったー』ってあんなに笑顔で………」
聞こえないように小声で呟いて、
「──だから、あたしは許します」
やっぱりおにいちゃんが嬉しいとあたしも嬉しい。
胸の奥がきゅうってなって、ずっとそうだといいなあって思うし、でもそれがあたしとのじゃないって時には……モヤモヤする。
ホントのホントは、だからずっと許してあげないって言いたいけど、そうしたら絶対におにいちゃんは悲しくなっちゃう。
そこんところはちゃーんと分かってます。
わがままは、おにいちゃんに甘える時だけの“いもーととっけん”なんだから♪
それに、
「そっか、そんなに喜んでもらえて……」
どうやら小さな呟きまでしっかり聞こえてしまっていたらしい、心底嬉しそうな笑顔で安心したような彼女のそんな言葉を聞いたら……もうこれ以上責めたりなんてできない。
──でもちゃんと反省はしてもらわなくちゃ。
「というわけで、今後おにいちゃんと二人で遊びに行くことは妹の権限で禁止します。あたしも一緒に連れてってください」
「ええ!!?」
えへへ。これくらいはしなくっちゃね♪
だって、おにいちゃんはあたしのおにいちゃんだから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます