第46話
神谷先輩の持っていたパンフレットはここから割と離れたところにある遊園地のもので、僕は一度も行ったことのない所だった。
とりあえず駅まで歩いて、それから電車に揺られること数十分。遊園地に着くと、当たり前だがそこには人が溢れていた。
小さい子供を連れた親御さん、デートのために訪れたカップル、そして友達グループで遊びに来た人達。
ヒーローショーなども行われているようで、その客席からは子供達の歓声が聞こえてきた。
大きなお友達も混ざっているようで、むしろ子供よりも盛り上がっている親御さん達もいた。
……………。
よし、僕も混ざっていこうか!
「ではとりあえず、最初はどこへ行こうか?」
しかし、今日は僕一人ではない。
隣でパンフレットを広げながら訊ねる神谷先輩を見て、僕はなんだかとても嬉しくなり、彼女の持つパンフレットを一緒に覗き込む。
「……ん〜と、ここはどうかな?」
僕はコーヒーのカップが描いてある絵を指し示した。
それは、一人で挑戦するにはかなりの勇気が必要なものだった。
「なるほど、まずはお茶でもするのかい?」
「いやいやコーヒーカップ、遊園地のアトラクションだよ!?」
まさかの返答に、思わず強めのツッコミを入れてしまう。
「すまない、こういう所にはあまり詳しくないんだ」
そうなんだ………。
「でも、今日はとても楽しめそうだよ」
神谷先輩はすでに楽しんでいるかのように、ニッコリと実に嬉しそうに笑った。
※
「ぎゃあああああーーーー!ちょ、ちょぉぉぉっ!」
「あはははははは!回れ回れ!」
これがコーヒーカップの醍醐味ですか。
カップの中心にあるハンドルのようなものを、これでもかと、親の仇のようにグルグルと、いや、もはや『回せ、回せ、回せぇえ!』といった風に轟々とまわす神谷先輩。
とてもテンションが上がっている先輩とは逆に、完全にグロッキーの僕、十宮蓮也。
景色が次々と回っていって、もう自分がどうなっているのかよく分からないけど、………神谷先輩が、楽しそうで…………なにより、です。(ガクッ)
※
「だ、大丈夫………?」
「………ええ、…………はい」
初っ端からダウンしてベンチに体を預ける僕と、隣で心配そうに僕を見つめる神谷先輩。
「すまない………柄にも無くはしゃぎ過ぎてしまって……。こんなつもりじゃなかったんだ。もっと………」
落ち込んでいるのか慌てているのかよく分からないような神谷先輩に、これじゃどっちが具合が悪いのか分からなくなる。
「………いいえ、気にしないでください、僕が三半規管をもっと鍛えますから、そうしたらまたコーヒーカップに一緒に乗りましょう」
僕がそう言って力なく笑いかけると、少しキョトンとした後で「あぁ、そうだね。……ありがとう。本当に、君は……」と先輩も嬉しそうに笑ってくれた。
そのまま休憩していると、その途中で先輩は何やらモジモジとし始め、
「……その、なんだ、十宮君。キミは、横になった方がいいんじゃないかい?その方が、気分も楽になるんじゃないかな」
と言った。
しかし、今座っているベンチはあまり大きいものではなく、ギリギリ一人が横になれる……それでも少し足がはみ出してしまうかも………くらいだった。
そうなると、神谷先輩を一人立たせたままにしてしまう。それはなんだか心苦しい。
このままで大丈夫だと言おうとしたその前に、先輩は自らの足をポンポンと叩いて提案した。
「どうだろうか、ここは、膝枕でもしようじゃないか。いや、これはただの枕として捉えてもらって構わないんだ。所謂男女のそう言ったスキンシップの類というわけでは無くてね、やはりボク自身に責任があるのだから、こういう……………ひゃっ!」
自分が思っていたよりも体調が優れなかったようで、僕はその言葉の途中で横に倒れてしまった。
右横の神谷先輩に頭を預けるように。
……これで、所謂膝枕状態となった。
なにかすごいデジャブを感じる………。
「と、十宮君………?」
どうやら膝枕というものにめっぽう弱いらしい僕は、気分が悪いという事も相まって、そのまま簡単に眠りへと落ちていった。
やはり、デジャブを感じる………。
そこで意識は完全に途切れた。
……………。
「………………、蓮也君……………。………本当に、ありがとう」
一人呟いた彼の名と、愛おしそうに頬を撫でるその手の感触を、蓮也が知ることはなかった。
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