第6話ノヴァ伯爵令嬢視点

「御嬢様。

 そろそろ御時間でございます。

 御用意はよろしいでしょうか?」


「大丈夫よ。

 直ぐに行くわ」


 少々憂鬱ですが、行かないわけにはいけません。

 今回の決闘では、アシェルの力を借りました。

 他の貴族の方々がいる前で、正式に御礼を言わねばなりません。

 ですが、私にはアシェルの気持ちが重いのです。


 アシェルが私を想ってくれているのは分かっていました。

 でも私が御慕いしているのは兄上だけです。

 私の幸せは、兄上の側にずっといる事なのです。

 アシェルの気持ちに応える事などできません。


 兄上が、家のため国のため嫁げと言われるのなら、毒を飲む覚悟で嫁ぐ覚悟はありますが、アシェルのバーンズ伯爵家と我がゴードン伯爵家は、既に十分な関係を築いています。

 だからこそ、父上も兄上もアシェルの気持ちを知りながら、ゴードン伯爵とも相談の上で、グラント公爵家のリアムと私を婚約させたのです。


 今回の件で、父上と兄上が、バーンズ伯爵家との絆を更に強くしようと、私のアシェルを結婚させようとする可能性があります。

 それが憂鬱なのです。

 決してアシェルが嫌いと言う訳ではないですが。


 でも、どうしても嫁げと兄上が申されるのなら、何か御褒美をいただきましょう。

 ダンスを踊っていただくのは当然として、形になるモノが欲しいです。

 どこに嫁ぐことになっても、肌身離さず持てるモノがいいです。

 一生肌身につけられるモノがいいです。


「御嬢様。

 何度も申し訳ございませんが、もう御時間でございます。

 皆様ホールで御待ちかねでございます。

 御用意はよろしいでしょうか?」


「分かったわ。

 何度も来させてごめんなさい。

 直ぐに行くわ」


 決闘の祝勝会場となっている我が家のホールは、伯爵家としては広大です。

 先祖代々武を貴ぶゴードン伯爵家は、代々各騎士団長を歴任する家柄です。

 当然多くの部下を慰労しなければいけません。

 場合によっては、個人的に戦勝祝いを開く場合もあります。

 だからホールも公爵家並に大きく造られています。


 父上が威厳たっぷりな姿でホールを支配されています。

 貴婦人たち囲まれた兄上が私に気がついてくださり、グラスをあげて合図してくださいました。

 なんと凛々しく優雅な御姿でしょう。

 美の女神ですら、兄上を一目見たら、恋する乙女になる事でしょう。


 アシェルが私に気がついてグラスをあげて合図を送ってくれます。

 私のために、決闘で戦ってくれた御礼を言わなければなりません。

 でもその前に、最上級の挨拶をしなければなりません。

 ああ、でも重いのです。

 恋する者のあの熱い視線が重いのです。


 

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