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赤 どうせ眠れもしないで、私の打つ文字を目で追うだけの時間でしょう。

青 よく分かりましたね、見えて居ます?

赤 鮮明にね。ならば別のものを目に映したところで何も変わらない。

青 なるほど、分かりました。10分このままで待っていて貰えますか?

赤 分かりました。


朝の支度をする、丁度15分前。

どのくらいぶりの少しの高揚感が胸の辺りをふわふわと漂っている。

脈がいつもより早く、皮膚を叩きつける。

息が少しだけ上がる。嗚呼苦しい。

年甲斐もなく緊張しているのだ。

無動作に机の上に置いてあるタバコの箱に手を伸ばす。

手を使うのが面倒で、口元に箱を近づけ、一本だけを歯で捕まえる。

カチカチとガスの少なくなったライターを鳴らすと数回目にパッと弱々しい炎が上がった。

ジリジリと先の方が燃える音。

焦げ臭い香りと、私には遠に感じることの出来なくなったタバコの匂いが辺りを満たす。

視界のゆらゆら漂う煙に見惚れているとスマートフォンの中で文字が生まれた。


青 1つだけ文句を言いたいと思います。

赤 お気に召さなかったですか?

青 古書店で買えば安く上がったでしょう。

赤 え?

青 電子書籍で定価にて購入しました。これはいいですね。

赤 ああ、良かった。

青 気が変わらないうちにIDを教えて下さい。

赤 はい


そう言えば勢いで賭けに出たものだから気付きもしなかった。IDを作るという作業をした事がないことに。

時間もない、さてどうしよう。

これは罪なのだ。

その表現が一番しっくり来た。そもそも、私は誰とも繋がってはいけない。

This is a sin.

意味よりも字列の完成度と美しさが先に目に入る。

バランスと言い悪くはない。


赤 This is a sin です。

青 根暗だって言われたことあります?

赤 根明な方なんですよ、こう見えて。まあ見えてもいないですがね。



ヒュウとケータイが鳴き、見覚えのないアイコンと名前のついたメッセージが表示される。

ken sato.

どうやら青の名前のようだ。

真っ白の画面に切り絵のように優しげな人の影が浮かぶそのアイコンの横に言葉。


◯ 青です。よろしくお願いします。

● 赤です、改めてよろしくねー。


人に成った。


● 先程、夢の内容を聞きましたね?

◯ そうでしたっけ?

● 私はあなたと言う人間に興味を持ちました。

◯ ほう。

● 等価交換、私も貴方に私と言う人間を少しずつ開示していきます。

代わりに貴方も同じ量だけ、貴方のことを教えてください。

◯ なんですかそれ、まあいいでしょう。

● では、記念すべき最初の質問。

ここ半年以内で、一番嬉しかったことはなんですか?


既読、の文字だけ表示され、そこから彼の打つ言葉は止まった。

幾多の別れと出会いを人並みに繰り返して来たが、何処までも演じ、また何処までも自然に言葉を紡げたのは初めての経験で、その事が私を愉快にさせた。

ここに1つ、ルールを増やす事にする。

彼とやり取りをする際、この自然に出てきた物だけで形を成した言葉を投げかけよう。

いいじゃない。

ネットで繋がった人間関係という糸は細く、春のそよ風に当たる程の衝撃で簡単に切れてしまうものだ。

繋がっている刹那を、存分に楽しんでみよではないか。

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