痛み。痛み。痛み。

靴が横転した形に足をひねり、ついで膝が折れる。階段の縁に打ち付け、その痛みが認識されるよりも早くに肘を、肩を、頭を打つ。意識が熱を持ち点滅しながら階段を転げ落ちる。最後に背中を叩きつけ、止まる。

「がっ──……う、あ、」

朦朧として寝起きの布団の気分に包まれている所に、寒さと嫌悪感がなだれ込んでくる。痛みが追い付く。頭と、膝とが出血しているのもわかる。どんどん加速度的に精神が鮮明になり、開いた目には黒が写った。

『ナニヨ!ソノメ!キニイラナイ!キニイラナイ!キニイラナイ!』

ギリギリと小さな両腕で私を締め付け、早口で荒唐無稽な文句をつけてくる。その黒と私の肌とが触れている所から、色々な様々なものが流れ込んでくる。

殴られる痛み、嫌味を突きつけられる悲しみ、悪口と全否定の絶望。

「うわあああっ!あああああ!っっっ!があああああっ!」

相手のことを思わない悪意の濁流に、私は意識を手放すことができた。──これが、彼女の痛みか。


夢を見た。私は小学校一年生ほどの小さな女の子なのだが、ある日いくら待ってもお父さんが帰ってこないのだ。お母さんはお父さんを待って冷めていくご飯を黙って見つめていて、すごくイライラしているみたいだった。私はすごくお腹が減っていたが、眠さに耐えられずに寝てしまった。お父さんが帰ってこないのはそれだけじゃなかった。お母さんはどんどんやつれて、ずうっとお父さんのただいまを待っていた。ご飯は用意されなかった。だって、晩御飯がまだだから。

私は、3日で倒れた。体育の時間に、バタっと倒れた。保険室で私は栄養失調と言われて、児童相談所の人とご飯を食べてから帰ってきた。


お母さんもいなくなった。

小学校では私に関しての様々な噂が飛び交って、ずっとからかわれた。私のお父さんは暴力団ではないし、別の女もいないし、…………ひどいひとでなんて、なかった。お母さんもそうだ。でも、泣きながら喚きながら反論した所で、みんなは嘲笑って終わりだった。

ふざけるな。


お母さんが帰ってきた。お父さんは事故で死んだって言われた。テレビの人が私を付け狙ってきた。お母さんは日に日におかしな事を話すようになっていった。学校ではいじめがひどくなった。泣いて喚いてテレビの人に来ないでって言っても、テレビはあることないこと言うだけで、どんどんひどくなった。


お母さんが壊れた。世界の人々の目に睨まれていると言っていた。外から帰ると、布団を綺麗にするのと同じように、布団叩きで私を滅多うちにした。その頃にはもう中学生で、お母さんがおかしいことがわかった。何とか助けたいと言ったら、お母さんはまたいなくなった。二度と帰っては来なかった。



地方の高校に進んで、『私』に出会った。



「っ!」

そこで目が覚めた。ぐらりと世界が揺れる。強い風がふきつける。見まわすと私は屋上にいて、フェンスを乗り越えて身を投げようとしていた。地上の小ささに驚いて、バランスを崩した。全身がゾッと毛羽立つ。ゆらり、ゆらりと頭が地面に吸い寄せられる。

なんで?

永遠とも思えるような浮遊感のままに、まっ逆さまに落ちていった。

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