第2話 怪異と欲望
ある泥棒の話
「君、泥棒だよね?」
その言葉を頭の中で繰り返す。なぜこんなことを聞かれているのだろうか。警察ならそんな確認をせずに捕まえる。なら、同業者だろうか? 昔仕事に誘われて断ったこともあったし、顔が割れていてもおかしくはない……か?
余程俺が怪訝な顔をしていたのだろう。女は笑って手を振った。
「いやいや、君を警察に突き出そうとか、そういうわけではなくてね」
「……意味が分からない。人違いじゃないか?」
この女の心意がわからないので、しらばくれることにする。
「うーん、そもそも君を探していたわけじゃないし……」
ますます意味が分からない。なら、どうして俺に声をかけたんだ?
「とにかく!」
女は俺の両肩をつかむ。
「一度、落ち着いて話しましょ?」
さて、考えてみれば選択肢は少ない。そもそもこの女が俺のことを泥棒だと知っているのが問題だ。ここで逃げて通報でもされたら元も子もない。まずは彼女の真意を探る。この方向性で間違いないだろう。
「わかった」
渋々頷いて、俺は女に付いて行った。
案内されたのは近場の公園だった。特別大きくも小さくもない、普遍的な公園。ただ時間帯のせいか、それともいつもそうなのかは判然としないが公園には人ひとりいなかった。
錆びついたブランコが風に揺れている。砂場の小さな城は崩されることなく残っている。鉄棒には誰かが忘れたのか手袋が片方だけ掛けられている。何だか、時間の止まった場所みたいだった。
「とりあえずは自己紹介ね」
女はベンチの木の葉を払い、腰を落ち着ける。
「私は……」
なぜか、そこで言葉を切った。
「どうした?」
「いや、何でもない。私は佐々木美奈。怪異現象の研究家よ」
ん? ……ん? 怪異現象の研究家? いや、それよりも……佐々木だって?
このような偶然があるだろうか。今日盗みに入った家も、佐々木と書かれた表札を掲げていた。あの家の主人? いや、まさかそんな。
「どうかした?」
佐々木は微笑を浮かべて尋ねる。しかしこの女が「佐々木」だろうが、それとは関係のない佐々木だろうが、ここは気づかないふりをするのが賢明だ。
「俺は畔新」
まさか「泥棒をやっている」とは言えない。
「まあ良いけどね」
佐々木はそう言ってため息を吐いた。「全部わかってますけどね」と言われた気がするが、深くは考えないでおこう。佐々木の隣に座り、俺も尋ねる。
「それで、怪異現象の研究家? が何の用で?」
「もちろん、怪異現象の解決のために」
「面倒だ。はっきり言ってくれ」
「うーん、はっきり言ったつもりなんだけど。つまり、君が怪異に憑かれているという話なのよ」
「……そうですか」
怪しいツボでも買わせる気だろうか?
「あ! そんな詐欺師を見る目を! 違うのよ。良い? よく聞いて。君、もしかして盗みがやめられないんじゃない?」
絶句する。その言葉が正鵠を射ていたからだ。いつからかは思い出せない。けれど確かに俺は、人のものを盗まずにはいられなかった。
「そんなわけ……。ただ生活のために」
「あれ? 泥棒だって認めるんだ?」
しまった。うかつだった。ひどく動揺してしまったらしい。
しかしまあ、もう良いだろう。そんなことを考えていた。佐々木は怪異現象の研究家を名乗る怪しい人物で、真っ当な人間でないのは明らかだった。おそらくは詐欺師の類だろう。そんな人物に今さら隠し立てをしたところで無意味だし、何よりも面倒だ。どうせバレているのだから、しらばくれるのも滑稽というものだろう。
「それで盗みがやめられなかったら、どうだって言うんだ?」
「それだけじゃないよ? 君は今まで一度も盗みを失敗したことがないはずだ」
「は? 当たり前だ。失敗していたら捕まってる」
「そういうことじゃないよ。不自然なほど、上手くいってるはずだ」
一瞬、思考を巡らす。確かに小さなポカすらしたことはない。しかしそれは念入りに下調べをしたからであって、怪異現象なんて呼ばれるものではないだろう。……そう考えるが確かに「都合が良いな」と思ったことは少なくない。それは不自然と言っても良いような気さえする。
「どう? 図星?」
佐々木が顔を覗き込んでくる。俺は顔を背けて舌打ちをした。
「……どんな怪異に憑かれているって?」
ふふん、と満足げな笑みを浮かべた佐々木はピンと人差し指を伸ばした。
「泥棒猫」
「……は?」
「だから、泥棒猫」
「そりゃあれか? 人の恋人を横取りする」
「違う違う。
この町にはね、欲望に憑く怪異が多数確認されているの。その一つが泥棒猫。盗みたいという欲望を増大させ、理性のタガを外す。そして憑かれた人は盗みを失敗しない」
「……最高じゃないか」
「本気で思ってる?」
まあ、自分でも空虚な言葉だったと思う。彼女の言うことが正しければ、俺がこうして泥棒になっているのは泥棒猫とやらの仕業になる。
「でもね、勘違いはしないで欲しいのよ。畔くん」
「勘違い?」
「この類の怪異は、もともと大きな欲望を持った人間にしか憑かない。泥棒猫に憑かれるにしろ憑かれないにしろ、君はそういう人間だった」
「……わかってるさ」
俺は誰かのものを欲しいと願う人間だ。奪う人間だ。そこに何の異論もない。
「なら良いよ」
佐々木は俺の目の前で掌を広げる。そこには一錠の薬みたいなものが置かれていた。
「これは?」
「君には選択肢がある。これを飲んで泥棒猫と向き合うか、飲まずに泥棒として生きるか。さあ、どうする?」
「……飲んだら怪異がさよならー、ってどこかに行くのか? 便利だな」
そう言うと、佐々木は呆れたような表情を浮かべる。
「そんなことは一言も言ってないけど」
「……何?」
「これを飲めば君は泥棒猫を視認できるようになる。けれど怪異に憑かれた人間がそれを視認するというのは、つまりそれと真っ向から向き合うということさ」
佐々木の言うことは何だかまどろっこしい。
「つまり?」
「君は泥棒猫と戦うことになる」
「はあ」
戦うってなんだよ。猫と? 意味が分からん。
「どうでも良いけど」
佐々木の持つ薬を一瞥する。
「いくら?」
正直な話、こいつの言うことを信用してはいなかった。佐々木は詐欺師なのだろう。こんなのはツボを売りつけるのと同じだ。くだらない。
「タダで良いよ」
「なるほど、麻薬だったか」
薬なしで生きられなくなった後に金を巻き上げるつもりか。
すると意外にも佐々木は大きくため息を吐いて、イラつきを顕わにしていた。
「私はわざわざ君のためにやってるんだよ? 親切心で! まさか売人呼ばわりされるとは思わなかった……!」
「怪しい薬を差し出された人間としては、当然の反応だろうが」
「はあ? 泥棒が偉そうに! もしこれが麻薬だとして、それで君何か変わる? 麻薬買うために泥棒続けるだけでしょ? 飲むのも飲まないのも同じなら、飲んでみれば?」
無茶苦茶な理屈だった。変わっているだろ。依存症になっているだろ、それ。
しかしなぜか、彼女は俺の知る売人の目とは違う目をしていた。……いやいや、ついに狂ったか? こんな薬を飲むわけがないだろ。ないない。あり得ない。……あり得ない、だろ。しかし俺の手は彼女の掌から薬を取り上げていた。少しでも希望にすがりたくなったのか、それとも本当に気でも触れたのか。どちらにせよ、その薬を飲み込んだという事実だけが残った。
……薬を飲んでも、特に違和感はなかった。
「飲んだわね。じゃあ、足元の猫は見えるかしら?」
視線を下げる。確かに足元には猫がいた。黒猫だ。毛はぼさぼさで、汚い野良猫だ。
「あーあ。マジで飲みやがった。馬鹿だろ? あんた」
それは佐々木の言葉ではなかった。そして当然俺の言葉でもない。……猫が喋っていた。
「やはり麻薬だったか」
「違うから! 幻覚じゃないから!」
考えてみれば佐々木と幻覚を共有しているというのも変な話だ。
「じゃあ、こいつは?」
「泥棒猫」
つまり、なんだ? こいつに勝てば良いのか? 猫を虐待する趣味はないのだが。
「今度の宿主は当たりだと思ったんだけどなぁ。あー、面倒だな。お前らは欲望のまま生きてれば良いんだよ。微睡のなかで気持ちよくなってれば良いだろ? な?」
また猫が喋っていた。人間のように首を伸ばし、欠伸をしている。
「それは人間の決めることよ」
「はは、そりゃ傲慢なことで。何でもかんでも自分で決めれると思ってるわけだ?」
猫が佐々木に嫌味を言っている。しかし彼女は特に気に留めることもない様子だ。
「悪いけど、議論するつもりはないの」
きっぱりと言い放ち、俺に視線を飛ばす。
「もうじき睡魔に襲われるわ。その中で君は自分の欲望と向き合わないといけない」
「欲望と向き合うってのはいったい――」
その瞬間、佐々木の言葉通り睡魔に襲われる。視界が歪み、佐々木の顔すら認識できない。周囲に何があるのかも分からなくなって、俺は瞼を閉じた。
「君の欲望の根源は、何だろうね?」
佐々木が最後にそう言うのを聞いて、俺の意識は暗闇に落ちた。
ある女子高生の話
「それで私はどうすれば元に戻るんですか!」
声をかけてくれた人の家に着くやいなや、私は彼女に詰め寄っていた。
「まあまあ、落ち着いて? とりあえず座ろう?」
両肩を軽く叩かれて、確かにと思いとどまる。落ち着きがなかった。
「お茶いれて来るから待ってて? 紅茶は飲めるのかな?」
「ええ、はい。ありがとうございます」
そう言うと彼女は台所へ向かった。
手持無沙汰で適当に周囲を見渡す。食器棚に飾られる美しい品の数々、目の前にあるテーブル、座っているソファー。どれも一目で高級品だと分かるものばかりだ。思わず背筋が伸びる。案内されたリビングルームはとても整頓されていて、几帳面なのだなという印象を受ける。埃一つなく、気を配っているのが窺えた。
「お待たせしました」
台所から女性が帰ってくる。目の前にティーカップが置かれ香りが鼻に届く。少しだけ肩の力が抜けた。
「ありがとうございます」
「ええ。どうぞ飲んで?」
「は、はい」
カップを持ち上げ、口に近づける。今まで紅茶を飲んだことはなかったけれど、飲んでおけば良かったと思う味だった。他の飲み物にはない香りが心地よい。
「おいしい、です」
「そう? 良かった」
それから数分、紅茶を飲むだけの時間が流れる。時計の音が頭に響く。カチッ、カチッ。カチッ、カチッ。何だか悠久に閉じ込められたような気がして、それを紛らわせるようにティーカップを置いた。
「なんで、みんな私のことが見えないんですか?」
静寂の中、女性は私の目をじっとみつめる。
「あなたがそう望んだから」
「……え?」
「この町には、ある怪異が蔓延しているの。それは欲望に引き寄せられ、憑かれた者はその欲望を達成する代わりに、理性のタガが外される」
「あの……え?」
彼女が何を言っているのか理解できなかった。ただただ言葉が意味をなさずに通り抜けていく。
「混乱するのも無理はないわ。でも、あなたは怪異に侵されている。そのことをまずは受け入れて欲しい」
よくわからない。深呼吸をして頭で話を整理する。
怪異。……なんだろう。よくわからない何かが、今の私の状況を作り出した?
「質問があります」
「どうぞ?」
「なぜ私のことが見えるんですか?」
女性を見つめる。この人だけは私を見つけてくれた。
「ああ、そうね。自己紹介を忘れてたわ。私は佐々木。怪異現象研究家なの」
「かい……え?」
「怪異現象研究家。だからあなたのことも見えるの」
……論理の飛躍を感じる。でもまあ、研究家なら私のような人間を見つける手段を持っているのかもしれない。今はそんな風に理解しておこう。あまり複雑なことを考えたくない。
「それなら、私がどうしたら良いかも知ってるんですか?」
「もちろん」
佐々木さんはカバンから何やら透明なケースを取り出した。その蓋を開けると中にはいくつもの錠剤が入っている。その一つを佐々木さんがつまむ。
「これを飲めば良いわ」
そんな簡単に……? 思わず手が錠剤に伸びる。しかし佐々木さんの手はひょいと遠ざかってしまった。
「なんで」
「ちょっと待ってね。……あ、あなたの名前聞いてなかったわ。教えてくれる?」
「猫屋敷です」
「へえ。それじゃあ猫屋敷さん、きっとあなたには薬を飲まないという選択肢はないんでしょう。けれど、まずは説明を聞いて欲しいの。その後に、飲むか飲まないかを選んで?」
なぜそのような手順を踏むのかわからない。……ああ、でもインフォームドコンセント、みたいなことを最近学校で習ったっけ。似たようなものだろうか。
こくりと頷くと、佐々木さんは説明を始めた。
「薬を飲めば、あなたは夢の世界へ飛ばされる。夢と言うか、まあ現実ではない、あなたの内側の世界ね。そこであなたに憑いた怪異が襲ってくるはず。それはあなたが一番恐れているもの――幽霊かもしれないし、怪物かもしれない。あなたは幽霊に呪い殺されるかもしれないし、怪物に引き裂かれるかもしれない」
「それじゃあ、どうすれば」
「戦うの。自分の欲望に向き合い、理解して、そして否定するの。それだけで良いわ」
「意味が……分からないです」
それでも佐々木さんは私に選択を迫る。
「どう? 飲む?」
怖かった。恐怖に蝕まれそうだった。あり得ないことはないのだと知ったから余計に。私はその夢の世界でどうなってしまうのだろう。死という言葉が実感をもってくる。黒い何かが後ろにいるような錯覚を覚える。……身体が震えていた。
「私は」
でも、このままではダメだ。佐々木さんの言う通り選択肢はない。私は薬を飲むしかない。
「飲みます」
「……そう」
佐々木さんが私に錠剤を渡す。白くて、風邪をひいたときに飲むものと区別がつかない。息を飲む。ティーカップに残る紅茶を飲み干す。ゆっくりと深呼吸をして、錠剤を口にした。
ごくり、と喉が鳴るのを聞く。
「足元を見てごらん」
佐々木さんに言われた通り顔を下に向ける。そこには爬虫類がいた。鳥肌が立ち、思わず膝を抱える。
「こ、これは」
「それがあなたに憑いた怪異の正体、透明カメレオン」
透明カメレオン? じゃあ、この爬虫類はカメレオンか。初めて見た。
「見るな」
その言葉は確実に、私の足元から聞こえていた。
「え?」
「見るな」
カメレオンが繰り返す。私は驚いて佐々木さんの顔を見る。
「しゃ、しゃべ」
「しゃべるわよ?」
さも当然のように言う。私は困惑のまま佐々木さんを見つめることしかできなかった。
「すぐに睡魔に襲われるはずよ。逆らわないで、身を任せてね」
「は、はい」
膝を抱えて待っていると強烈な睡魔がやってきた。そのまま目を閉じ、ソファーに背中を預ける。
どうなるのだろう。それは恐怖だった。今もまだ覚悟なんて決まってはいなかった。そして恐怖を抱えたまま、意識は闇に落ちて行った。
気付くと何もない空間に立っている。暗くて、不気味な場所。視線の先には佐々木さんが透明カメレオンと言っていた爬虫類がいる。
「えっと、どうすれば」
佐々木さんは何と言っていた? 戦う? 欲望と向き合う? 確かそんなことを――
「見るな」
カメレオンがボソッと言う。
「見るな」
カメレオンが繰り返す。
「見るな」
カメレオンが私の方を向いた。
「見るな見るな見るな見るな見るな見るな」
カメレオンの舌が異様に伸びて私に向かってきた。だんだんとそれは肥大化し、私を突き飛ばす。
「痛い!」
突き飛ばされて背中を打った。このままでは殺されると思い、急いで立ち上がる。怪異は位置を変えずにまだ私を見ていた。
「見るなって言ってるじゃない!」
カメレオンが叫んだ瞬間、背景が変わった。何もない空間にいたはずの私は木製の床に立っている。窓ガラスから夕陽が差し込み床を赤く照らしている。
ここは、どこ?
急いで周囲を見渡す。黒板、机、椅子、時計、ロッカー。そこは見慣れた教室だった。私がいつも通っている高校の教室。
「なんで……」
「見るな……見るな……見るな……」
声がして、急いで音源の方へ顔を向ける。しかしそれはカメレオンの形をしていなかった。うにょうにょと歪んで、様々な色が混ざり合い、形を変えた。……人の形をしている。形をしている、だけ。表情も、何を着ているかもわからない。人間の形をした何かがそこにいた。
途端、周囲に人が現れる。どれも制服を着ていて、笑っている。見覚えはある。けれど、それが誰かはわからない。
そのうちの一人が口を開いた。
「カワイイネ」
「……え?」
「素敵ダネ」
「モット見セテ」
「楽シイヨ」
変にノイズのかかった声だった。彼らはそれを皮切りに好き勝手口を動かす。
「友達ダカラ」
「忘レナイデネ」
「マタ遊ボウネ」
……身動きが、取れない。
「ウケル」
「バカ」
「アイツ、ウザクナイ?」
声が、溢れて来る。
「ノリ悪スギ」
「シケル」
「シカトシヨ」
やめて……来ないで。近づかないで!
「キモイ」「カン違イシナイデ」「アタマ悪スギ」「カッコ悪イ」「ブス」「イツモ一人ダヨネ」「ダサ」「嫌イ」「ソウ思ウデショ」「ダヨネ」「下ラナ」「アイツモ」「イツモ本読ンデル」「ハブリデ良イヨネ」「ヤメテ」「クッサ」「次オ前ノ番ダカラ」「ナンデ寝テルノ」「来ナイデ」「ウケナイカラ」「早クシロヨ」「陰キャ」「付キ合イ悪イヨネ」「ボッチ」「聞イテナイヨ」
来るな……来るな。私を――
「見ないで!」
身体を無理矢理動かした。走る。ひたすら走る。
ある一つの感情が身体を完全に支配していた。怖い。人の目が怖い。私のいないところで私の話をされるのが怖い。評価されるのが怖い。レッテルを張られるのが怖い。嫌だ。嫌だ。嫌だ。見られるのが――怖い!
「ナンデ」
「行ケバ?」
「知ラナイケド」
教室から人が出て来る。私に向かって一直線に歩いてくる。
「何なのよ!」
まずい。早く走らないと追いつかれる! 嫌だ。捕まりたくない。見られたくない。
しかし体力も限界に近づいていく。普段運動なんてしないから息はすでに上がっていた。このままだとヤバイ。
そう思って曲がり角で一気に駆け抜ける。後ろに誰もいないことを確認して、空き教室に滑り込んだ。
――どうか、誰もいませんように!
しかしその願いは届かない。入った教室には、一人の女子がいた。終わった。これで終わりだ。
「あれ?」
その少女は座ったまま振り返る。その顔には他のとは違い笑みが浮かんでなかった。無表情で感情が読めない。
彼女の名前を、私は知っている。
「美冬?」
才能を持ちながら評価を得られなかった人。いつも周囲となじむことなく孤立していた人。私がただ一人、友達だと思っていた人。蓑崎美冬がそこに座っていた。
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