第10話 負けですか?勝ちですか?




 街灯に照らされた静かな夜道を、俺は1人歩いていた。

 別に珍しい事じゃない。むしろ、1年前から続く日常の光景である事に変わりはなかった。

 だが、今日だけは……今日だけは……


「はぁ……なんであんな事になってしまったんだぁ」


 違っていた。


 くっ、いや? もう1度冷静に考えてみよう。どうしてこうなってしまったんだ?

 そう、話は約3時間前まで遡る。



 新学期2日目、唐突に訪れた1対1。状況は、序盤でラスボスと闘う強制負けイベントみたいなもの。

 それでも俺は可能な限り頑張った。自分のキャラを守りつつ、磐上さんを不快な気持ちにさせない様な口の運び。だが、突然の不意打ちに大勢は崩れた。


 まさか磐上さんに……子猫のお世話を見られていたとはっ!

 練習中にたまたまボールが外に出て、そんな時たまたま子猫の鳴き声が聞こえて、たまたまお昼に食べ損ねたパンがあったんだよ。


 あぁ……そりゃもう笑顔だったよ? 癒されまくってたよ? けど、子猫相手にデレデレって、もはやクールキャラ崩壊じゃん? 

 その話をされた時点で、だいぶダメージは受けたよね? 主に精神的に。


 冷や汗ダラダラ。でも、そこで変に嘘付く訳にもいかないしさ? 磐上さんだって、動物の話になったら結構食い付いてくれたよ。そんな中での、


『良いなぁ。見に行きたいなぁ』


 そうだ、全ては磐上さんのこの一言が原因なんだ。


 その突拍子もない言葉に、頭の中は思考停止。なんて答えて良いのかすら分からなくって、無理矢理口に出したのが、


『いいよ?』


 って! バカかよっ! アホかよっ! 俺っ!


 冷静に考えたらさ? それこそただの社交辞令みたいなもんでしょ? むしろ引き立てる為の常套手段、テンプレじゃないかっ! 口もちゃんと回ってなかったし、表情だってガチガチだったし? にも関わらずキザったらしいセリフを……はぁぁ、なんという事を……。


 まぁ、唯一の救いは磐上さんの反応が普通だったって事かな? まぁ表面上だけかもしんないけど、


『えっ、本当? 嬉しいな』


 あの反応はちょっと救われたよ。でもなぁ……


『じゃあさ、これも何かの縁だし……良かったら連絡先交換しない? 晴下君とは1年生の時は接点全然なかったし』


 続け様のその言葉は、色んな意味で破壊力抜群だったよ。うん、男子高校生特有の勘違いパターンに陥る寸前だったもん。


 まぁ、あの時はお互い部活抜けて来てたってのもあって、スマホ無かったから後日って流れにはなったけど……どうなる事やら。


 しかしながら、本当に恐るべし磐上彩音。コミュ力お化けのみならず、あの男をダメにしてしまう雰囲気に表情に仕草。狙ってやってるとしても素直に凄いし、もし本人が無意識だとしたら……末恐ろしいわ。でもまぁ、なんとか1日過ごせたのは事実。


 ガチャ


 とりあえず、全力で休んで……明日に備えないとなぁ。

 そんな事を考えながら、俺はゆっくりと家のドアを開け放つと、


「ただいま」


 いつも通り帰宅の合図を告げる。しかしながら、今日のこの一言はいつも以上に安堵に包まれたものであるのは言うまでもない。


 はぁ、終わったぁ。ん?


 そんな安らぎの場所に聞こえてくる……音。

 カチャカチャとまるでフローリングに爪がぶつかっている様なそれは徐々に速く、徐々に大きくなっていく。けど、その音に違和感なんて感じない。

 というより、むしろこの音も含めて……俺の日常だったりする。


 ドリフトをかましながら颯爽と登場し、玄関マットの上に停車……いや座り込む金色の毛並み。その愛らしさはやっぱり毎日見ても飽きる事はないだろう。


「よっ、ゴルディ」


 ワン


 舌を出しながら尻尾を振りまくるこいつの名前はゴルディ。人懐っこくて、甘えん坊なオスのゴールデンレトリバーだ。もちろん家で飼ってる動物ではあるけど……出迎えはゴルディだけじゃなかった。


 ニャー


「おっ、やっぱりいつもの場所に乗っかってるな? キジロー」


 何とも不敵な顔で、ゴルディの頭の上に顔を乗せているこいつの名前はキジロー。小さい時に捨てられてたのを俺が見つけて、必死のお願いで何とか飼う事を許された猫。まぁ、最初はキジトラって言われる色合いだったはずなんだけど……なぜか成長と共に毛並みがグレーっぽく変化したというよく分からない猫でもある。ゴルディの背中に乗っかって移動する姿は、さしずめ運転手に見えなくはない。

 いくら年功序列とはいえ……なかなか見れないぞ? そんな光景。


 ミャー


 っと、そんな年長キジローも末っ子には勝てないらしい。ゴルディの頭の上に顔を乗せるキジロー。そのキジローの頭の上に顔を乗せてるいるのが、チャジローだ。


 この子はつい最近……まぁ1年ぐらい前に、またもや俺が拾ってきた猫だ。まぁ勘の良い人ならもう分かるよな? そう、磐上さんに餌付けを目撃された、あの場に居たのがこのチャジローだ。


 はぁ……まぁ犬の上に乗ってる猫2匹。素晴らしい光景と言えば光景だな。しかも全員オスだし……まさにリアル団子三兄弟。


 でも、毎日こうして出迎えてくれるだけで……めちゃくちゃ癒されるんですけどね?


 ミャー


 ん? なんだ? チャジロー? 

 そうだぞ? お前のせいでこっちは大変だったんだぞ?


 ミャーミャー


 ったく、そんなの知らないってか? まったく。


 あっ、そう言えば……




 磐上さん、本気でうちに来る気なんだろうか?



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