第8話 開戦っ!

 



 さて、磐上さんに誘われるがままに椅子に座ったものの……これからどうする? 


 目の前にテーブル。そして斜め向かえには磐上さん。その距離は教室で座っている時とさほどの違いはない。だが、確実に異なる点が1つだけあった。


 にしてもこの位置はヤバい。なんたって真っすぐ見てても磐上さんの顔見えるもん。


 そうそれは位置関係。教室であれば見えるのは磐上さんの背中のみだが、この状況ではそうはいかない。少し視線を向ければ磐上さんの顔、真っすぐ前を見ても視界の端には磐上さんの顔。なんて事だろう、この距離で女の子を顔を見合せながら会話をするなんて……難易度が高すぎる。しかもよりによって磐上さんとは。


 だが、この状況で無言ってのが1番気まずい。そのまま乗り切った所で、


 ≪ちょっと聞いてー? 前さ、晴下って奴と保健室で一緒になったんだけどさ? なんも話さないの。私と居るのにだよ? しかもこっちは優しくしてやったのにさ? ホント信じられなくない?≫

 ≪えぇーそうなの? 晴下君ってそんな人なの? なんかショックー≫

 ≪てか、クールっていうより只のコミュ障なだけなんじゃない?≫

 ≪マジ? チョーキモい≫


 ……あぁ、なぜか容易に想像出来てしまう最悪な未来。

 てか、そもそも新学期始まってまだ2日目だぞ? なんでいきなりラスボスとタイマンしてんだよ。まるで最初にマップ出た瞬間、ちょっとした恐怖感じたファンタスティッククエスト1みたいじゃねぇか。むしろ海と山で遮られてた分、あっちの方がまだマシだよっ!


 ったく、ともかく絶望感溢れる未来だけは阻止しないと……だったらどうする? 

 こっちから話し掛けて会話のキッカケを作るしかないか? だとしたら、会話のキッカケは?


 何かないか? なにか……あっ!


「そっ、そういえば磐上さんはなんで保健室に?」


 そうだこれだ。何をそんなに難しく考えてたんだか、保健室に居る以上その理由を聞くのがベターじゃないか。


 そんな俺の声に反応するかのように、磐上さんの顔がゆっくりとこっちに向いてくる。今更ながら、磐上さんの顔をこの距離で、まじまじと見たのは初めてだった。


「あっ、私? 私もちょっと怪我しちゃってね?」


 くっきり二重で少し茶色がかった瞳。まるでリップ塗りたての様な艶のある唇。そして気を抜けば一瞬で持っていかれそうな笑顔。


 こっ、こりゃやばいわ。学校の男子が夢中になるのも無理ない。

 だっ、だがな? 俺はまだまだ負けんぞ? 行動そのものは大して意味が無いって事を知っているんだからな? 経験者は強いぞ? はははっ!


 あぁ思い出す。あれは小学生の時だった……入学してからずっと同じクラスだった女の子が居てさ、その子はなぜか毎年バレンタインのチョコをくれたんだ。そりゃ普通に話もするし仲も良かったよ。でもさ、毎年必ず誰も居ない時にくれる訳。そんで高学年になれば、あいつもしかして? とか変に意識もするだろ? 俺だって有頂天だったさ? 


 ≪りりちゃんは今年もクラスの男子全員に渡したのー?≫

 ≪うん……ママがね? 貰えない子がいたら可哀想だからって、毎年用意するから≫

 ≪あっ、りりちゃんのお母さん学校の先生だもんね≫

 ≪うん。だからそういうのに敏感みたい≫


 あれは……ショックだった。泣きそうだったよ。でも、おかげで……女の子の事を理解する為の勉強にもなった。だからこそ、俺は自我を保ち、冷静沈着な……


「ここ青タン出来ちゃってさ?」


 うっはぁぁ! 磐上さん、いとも簡単に短パン捲らないでくれます? その結構上の方まで見えてますよ太もも。

 うん。健康的で良い筋肉ってバカ! 素に戻ってんじゃないよ晴下黎。


「あぁ、見事に出来てる」


 ふぅ。我ながら良いリカバリーだ。それにしても、あの位置に青タンかぁどっかぶつけたのかな? 

 ……ん? 太もも? しかも右? そういえば朝に磐上さん……机にぶつかってたよな?


「でしょー?」


 結構な音だったから心配してたけど、もしかしてその時の? こりゃ、話題としてはありか? 本人気にしてたらアウトだけど、軽く探り入れる感じで……


「もしかして磐上さん、それって今朝の……?」


 冴えてるぞ? 黎。この口調なら、とぼける事も逃げる事も肯定する事も可能だろう。

 さあ、どう答える? 磐上彩音。


「あっちゃー、やっぱり晴下君気付いてた? まぁ当たり前だよね?」


 おっ、認めた。やっぱ机にぶつかったあの時が原因かぁ。


「ふふっ、でもやっぱり恥ずかしいなぁ」


 そう言うと、少しはにかんだ様な笑顔を浮かべる磐上さん。

 なんだその照れ笑い? 一瞬心臓に衝撃が走ったんですけど? マグナムか何かで撃たれた様な感覚なんですけど?


 はっ! 大丈夫か? 俺生きてるか? 危ない危ない。表情1つ1つがいちいち可愛く見えるぞ? 改めて、美少女エリートの凄さを感じるよ。


「あっ、そうだ。晴下君、ちょっと聞きたい事あったんだけど……良いかな?」


 うおっ、なんだ? いきなりのカウンターか? 聞きたい事……なんだろう。


「ん? なにかな?」


「あのね……晴下君ってもしかして猫とか好きかな?」


 ねっ、猫? いや好きかどうかと言われれば好きだけど? 家にも2匹いるしね? むしろぶっちゃけ犬と猫どっちも好きなんだよね。犬も飼ってるし。


「好きか嫌いかと言われれば、好きかな?」


「へぇ。なるほどなるほど」


 ん? なんだろう? 何の確認? てか、どうしていきなり猫の話を振って来たんだ。 


「じゃあさ、もう1つ聞いても良いかな?」


 あれか? 犬派か猫派どっち派? 的な会話のド定番で場を繋いでくれてるのか?


「なに?」


「間違ってたらごめんね? あのさ、晴下君って……」


 んー、なかなか難しいよ。猫と犬どっちも好きだもん。どちらか選べって言われても……



「1年生の時に、体育館の裏で子猫に餌……あげたりしてた?」



 ……1年? 体育館裏? 子猫?


「パンとかっ!」



 パ……ン……?




 …………なっ、なっ、



 なんで磐上さんがそれ知ってるんだよっ!



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