第6話 隣の芝が青く見え過ぎる




 ガタン


「ふー、今日も頑張るかぁ」


 おかしい。


「よいしょっと」


 やっぱり……おかしい。


「えっと、ウェアは……」


 おかしすぎるっ!


 横でそそくさと着替え始めるつきのん。しかしながらその姿は、見れば見る程に私の理解を越えて行く。

 その理由は至って簡単。今日のお昼をキッカケに露わとなった、槻木月埜の小さいお尻の謎……それを解明するべく、念入りなリサーチを開始しているのです。


 槻木月埜……程良い日焼けの褐色肌に、今日もいつも通りスポブラと無地のパンツを着用、色はグレー。

 バストは突出して大きくは見えないけど、スポブラ付けててあの形なら実際にはもうちょっと大きいはず。

 そして一片も無駄なお肉がないお腹周りに、シュッとしたくびれ。

 そのくびれを支える様に、申し訳程度に存在感を見せる桃の様な小尻。


 おかしい。絶対おかしい。毎日の様に摂取されているであろう大量の食べ物は、一体どこへ行っているのか?


「ん? どしたのあやねん? 人の体ジッと見て」


 その声にハッと視線を上げると、不思議そうな顔でこちらを見ているつきのん。

 しまったっ、直視しすぎた? どうしよ、誤魔化す? ……でも、つきのんとは付き合いも長いし、むしろ普通に話してもいいのでは? 笑って答えてくれ……そうな気がする。

 うん。そうだよね? でも、親しき中にも礼儀あり。いきなり本題入る前に、軽いジャブからゆっくりと……


「えっ? あっ、ごめん。いやなんかね? こうして見てると、改めてつきのんスタイル良いなぁって」

「はぁ?」


 はっ、反応が想像と違うんですけど? 怒ってらっしゃる?


「ちょっとちょっとー、あやねんそりゃないって。冗談よしこちゃんだよー」

「じょっ、冗談よしこちゃん?」

「まぁスタイル褒められるのは悪い気はしないよ? ただねぇ……」

「たっ、ただ?」


「グラビアアイドル顔負けのボン・キュッ・ボンッ! そんなグラマースタイル持ってる人に言われても説得力無いのよっ!」


 えっ……


「ボン・キュッ・ボン……?」

「そうそう、何よそのメロンでも入ってそうな凶悪な胸は」


 むっ、胸はちょっと自信あるよ? でも流石にメロンは盛り過ぎだよ。でも小玉だったら……って何考えてるの私っ!


「そのくせウエスト滅茶苦茶細いし?」 


 うぅ……食べたらすぐに出ちゃうから必死に頑張ってるんだよー。特にお正月後なんて……誰にも見せられないっ!


「かと思えば健康的なムチムチしたお尻しやがってー」


 ……ムチムチ? あぁ、つきのん言ってたもんね。ボン・キュ・ボンって。

 ボン・キュッ・ボン……

 キュッ・ボン……

 このボンって表現はやっぱり……


 お尻の事かぁぁぁ!


「大体さ? 何だよその可愛らしいオレンジの下着」


 分かってた、自分でも分かってたよ? お尻が大きい事位……でもね? でもね? そんなボンッって擬音で表される程だとは思わなかったよぉぉ。下着が可愛いとかそんな事どうでも良いよぉ。それ位ショックなんですけどっ!


「……ん」


 うぅ、つきのん。いえ月埜?


「……ねん」


 何もそこまでハッキリ言う事ないじゃない?


「……やねん」


 そりゃ、月埜とは付き合い長いけど、流石に……


「彩音っ!」


 その瞬間、耳に飛び込んで来た大音量。その衝撃に一瞬体がビクッと反応する。

 もちろん驚かない訳がない。でも、目の前の霞んだ景色がハッキリと見えて行く様が、自分自身どんな状態だったを教えてくれた。


「はっ!」


 うっわっ! ビックリしたぁ。私……もしかしてとんでもない位自分の世界に入り込んじゃってた? 目の前が一気に部室に変わったもん。危ない危ない、これはつきのんに感謝……


「ちょっとしっかりしてよ? それより、どーしたのさ!? それっ!」


 現世へ連れ戻してくれたつきのんにお礼を言おうとしたものの、当のつきのんの様子がおかしい。

 ん? なんか私の下半身指差してるんだけど? まさかまだお尻の事をイジるの!? ……ん?


 つきのんが必死に指を差すのは私の下半身。てっきりまだお尻の事イジってるのかと思ったけど、どうやらそうじゃない? なんか驚いている様な感じだし、なんだろ?


 何の事かさっぱりな私は、その指に促されるままに自分の下半身へと視線を向ける。


 お腹? なんもないよ? 

 えっ? デリケートゾーン? 何もないよ? 

 太もも? 太もも……あっ!


 その瞬間、つきのんが何を言っているのかようやく分かった。そう、太ももに結構立派な青タンが出来てたんだから。


 うわぁ。こりゃ、驚くのも仕方ない。


「ちょっと青タンじゃん? どうしたの?」


 どっ、どうしたって言われても、青タン出来てるって事はどこかにぶつけたって事だよね? しかも見れば見る程立派な青タンだし、それなりの衝撃だったと思うけど……それならぶつけた瞬間の事覚えてるはずなんだよねぇ。


 んー、太もも……ぶつけた……記憶……はっ!!

 思い起こせばどこかにぶつかった記憶はある。太ももをぶつけた記憶もある。

 そしてその記憶が合致した瞬間、私の頭の中を冷たい風が吹き抜けたかと思うと、途端に顔が熱く……それはもう蒸発する位熱い。でも私は……そんな状態である事を必死で隠さなければいけなかった。だって……


 めっ、滅茶苦茶恥ずかしいっ!


 こっ、この青タンって、絶対今朝の強制挨拶フラグ生み出した時の後遺症じゃん? うそでしょ? ウソでしょ? まさか自分の太ももがこんなになるなんて、もしかして想像以上に机吹っ飛ばしてた?

 いやいや、だったら絶対晴下君にバレてんじゃん? むしろ完全に、机にぶつかっておきながら必死で誤魔化してるバカな女って思われてるじゃぁぁん!


「結構ヤバくない? なんか心当たりある?」


 ありまくりだよぉ。それはもうありまくりだよぉ。しかもこんな事つきのんに言ったら絶対にバカにされるに決まってる。もう私を貶めないでっ!


「あぁー、ちょっとぶつけちゃったかも」

「ぶつけたって……一応保健室行きな?」


 保健室……? そこまで体と心が弱り切ってると思われてる? うぅ……なんかメンタル的に全ての事がネガティブに聞こえちゃう。


「えぇー、これ位大丈夫だって」

「いやいや、青タンとはいえ内出血だよ? 処置怠ってプレーに支障が出ないとも言い切れない」


 あぁ、心なしかつきのんの顔もどこか笑えない状態になってる。


「だっ、大丈夫だよ。大袈裟だなぁ」

「いやいや、だって彩音? あんた青タン見た瞬間顔色変わったよ?」


 ギクッ!


「少なからず痛みとかあるんじゃないの?」


 心の痛みはかなり……


「春の大会前なんだし、無理厳禁! 何事もセーフティに! 分かった?」


 つきのん……そこまで私の事を? うぅ……良い子だなぁ。でもだったら尚更本当の事言えないよぉ。晴下君の事ボーっと考えてて机にぶつかっただけなんて言えないよぉ!


「うっ、うん……」


「はいじゃあ、善は急げ」

「えっ? きゃっ」


 なになに? いきなり両肩に手乗せられたかと思ったらクルッと向き変えられたんですけど?


「行った行った―」

「ひゃぁ」


 ちょっとぉ、今度はいきなり背中押してっ! ちょっと待って? お願いつきのん!?


 せめてウェアとハーフパンツは履かせてぇぇ!




 授業が終わり、瞬く間に静けさに包まれた校内の廊下を、私は1人歩いていた。

 下着姿で部室を追われるという危機を見事回避したものの、それでも私の心は晴れてはいなかった。


 はぁ、絶対おかしい奴だと思われたよ。だってこんな青タンになる位の衝撃だよ? 想像以上に音出てたじゃん? それを気付かない振りって……無理があったんだよぉ。


 頑張ろうと張り切った結果の出来事。空回りとはこういう事なんだろう。そんな後悔を胸に抱きながら私は心底落ち込んでいた。そして、


 うぅ……こうなったら、アリス先生に癒してもらおう。青タンも滅茶苦茶痛い事にして、優しく処置して貰おう。


 そう誓うのだった。




 ガラガラ

「失礼しまーす」


 ゆっくりと引き戸を開けると、真っ先に感じる優しい石鹸の香り。そして広がる保健室という名の癒しの湖。


 目の前にはテーブルに椅子。その右手には3つのベット。そして左端には机と、その前で佇む……


「あら、磐上さん?」


 アリス先生が居た。


「アリス先生、こんにちわ」

「うん、こんにちわ」


 アリス先生今日も本当に綺麗だなぁ? 緩いパーマのかかったブロンドヘアーを後ろで束ねて、なんか出来る女って感じ。しかも身長だって私より高いし、そのプロポーションはモデル級。どことなく雰囲気がいろちゃんに似てるんだよね? いろちゃんも大人になったらこんな風になるのかなぁ……はぁ、私が勝ってるのは胸とお尻だけだよぉ。


「ん? 磐上さんが来たって事はどこか怪我したのかな?」


 おっと、またもや自分の世界に入り浸る所だったっ!


「あっ、はい。そこまで大きな怪我じゃないんですけど……」

「そっかぁ。実はね? 今職員室に呼ばれちゃって、ちょっとだけ待ってもらえる?」

「はい。大丈夫です」

「ごめんねー? じゃあちゃちゃっと行って来るから、適当にくつろいでてー」


 そう言って保健室を後にするアリス先生。

 もはやその後ろ姿すら絵になるなんて、良いなぁ。綺麗って良いなぁ。

 はぁ、とりあえず座って待ってよっと、


 よいしょ。

 そんな事を思いつつも、私は近くにあった椅子に座って、少し足を伸ばして完全リラックス状態。


 この時私は、アリス先生とのおしゃべりが楽しみで仕方がなかった。だからこそ、

 そいえば先生って彼氏とか居るのかな? 



 その油断しきった身に、あんな事が起きようとは、

 ここ1年でそんな話題になんなかったもんなぁ。この際だし聞いちゃおっかな? きゃっ。



 知る由もなかった……



 ガラガラ


 えっ?


「失礼します。不思木先せ…………っ!!」


 はっ、晴……下……君……?




 えぇっ!?



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