第2話 彼の目の前に……来ちゃった
チュンチュンチュン
カーテンから薄っすらこぼれる光と、朝の訪れを教えてくれるスズメ達のさえずり。
そしてスマホに映し出される時刻は5時59分。
「あぁ……まずい……」
私は焦っていた。それはそれはかなり焦っていた。
寝坊した訳じゃない。
髪型が決まらない訳じゃない。
朝の予習が思う様に進まなかった……なぁんて訳でもない。
だったらどうして? それはね?
「もう少し……」
カタカタカタ
「もっ、もう少しだから……」
カチャカチャカチャカチャ!
「いっ、いっ、急いで早くー!」
テテテッ、テレッテレー
テテテッ、テレッテレー
「よっしゃぁ! 間に合ったぁ!」
今夢中になってる、ゲームのレベル上げ中だったのです。
びー・おぁ・えいち
~高校では優等生キャラの私が、実は漫画とゲームが大好きなオタクだった件について~
なんて何処か大人気ライトノベルの題名みたいな事言っちゃったけど、実の所概ね……と言うより、ほぼ完全に当てはまっているのは事実。だってさ? じゃなきゃこんなド平日の朝からゲームなんてしないでしょ?
まぁ、それにしたって朝から? なんて思うかもしれないけど、これには実に深い理由と言いますか、苦肉の策と言いますか……って、とりあえず説明はあとあとっ! ちゃちゃっと朝の準備をしましょ。はいっ、ポチっとな。
今まさにスイッチを切ったのは、大人気ゲーム機であるスイッチステーション。そしてその中身はこれまた大人気RPGゲーム、ファンタスティッククエスト8。そう、私が現在攻略中のゲームで、今まさになんとか今日の目標レベルに到達したという訳。
「よっと、ふぅ。アラームで聞こえるレベルアップのSEも良いけど、やっぱりテレビから聞こえるモノホンは一味違うよねぇ」
シャー
「うわっ、眩しっ」
そしてカーテンから解き放たれた、この眩しい太陽の光を浴びた瞬間。私は優等生磐上彩音へとジョブチェンジするのである……なんちゃって。
そんなこんなでいつもの様にちゃちゃっと制服に着替えると、ちゃちゃっと1階に降り、
「おはよう、彩音」
「おはよー母さん」
いつも通りキッチンに居る母さんに挨拶をした後は、これまたいつも通りちゃちゃっとヘアローションで髪をとかして、はいっ! 朝の身支度は完了…………はっ! ダメダメ、もうちょっと櫛で馴染ませとこう。特に後ろは念入りに……っとこれで良いかな? 良いよね? ……ダメだっ! もうちょっとローションを……
「じゃっ、じゃあ行ってきまーす」
「はーい、遅刻しそうだからってスピードの出し過ぎには気をつけなさいよー?」
やっば、結構ギリギリ? もっ、もう……私のバカバカ。いつもなら5分で終わるのに、気になりすぎてなかなか洗面台の前から動けなかったぁぁ。おかげで時間の余裕もなくなっちゃったし……遅刻だけはダメだよぉ!
くっ、しかしこうなってしまったからには仕方がない。いや、むしろこれを好機と捉えるべき。そう、これは神が私に与えた試練……そう、あの人への想いを試す為のっ! そうか、ならばここは現役テニス部の脚力を存分に見せるしかない……
「私の体、もってちょうだいっ! このペダルに魂込めるよっ!」
ふぅ、無事に辿り着いたぁ。やはり私にかかればこの位……
「おぉ、磐上。おはよう」
「あっ、
「今日も部活頑張れよ?」
「はいっ。もちろんです」
……あっぶなぁ。もう、朝からイレギュラー過ぎて色々テンパってるよぉ。昨日なんて興奮しすぎてなかなか寝れなくてさ? 挙句の果てにいつもより30分も寝坊してしちゃって、目標のレベルまで辿り着けないかと思ったよ。うぅ……これも全部、あの人のせいだぁ。後ろの席なのは嬉しいのに、同じ位……緊張するよっ!
って……あっと言う間に教室の前まで来ちゃった。
はぁーふー
深呼吸して、気持ちを整えてと。大丈夫だよ彩音? 昨日だってちゃんと挨拶できたじゃない? その後は固まって動けなかったけど、それは慣れよ? うん、慣れ。ジワジワと仲良くなるに越した事はないのよ。
よっし、今日の目標。何でも良いから晴下君と挨拶以外の会話するっ! 以上!
じゃあ行くよ? 行くよ? ゴーッ!
ガラガラガラ
「あっ、磐上さん。おはよー」
「うん、おはよう」
よし、教室の入りは完璧。後はバレない程度に高速で視線を動かして……居たっ!
「おはよー」
「おはよう。
はぁ……彼に近付くにつれて緊張するー! やっぱり昨日の今日じゃ全然慣れないよぉ。チラッ。
なるほど、外眺めてる。さすがクールオブクール、静かにしてても絵になるなぁ。
晴下黎。身長は推定188センチ、推定体重は83キロでバスケ部所属の左利き。ちなみに去年の春の身体測定では186センチだったはず。なんか丁度良くお友達と話してる所を通りかかったんだよね。
はぁ……まだまだ伸び盛りなんて、それだけでもトキメいちゃうんですけど?
出身中はお隣のお隣の市にある
その上、学業においても学年では常に中の上。単なるスポーツ一辺倒じゃなく、勉強にも手を抜かない努力家っ! 高身長、スポーツマン、学業良しの努力家、そして整った顔立ち……ヤバくない? 女の子がほっとく訳ないでしょ? でもね? 私の場合は違うんだよ? 私が晴下君に夢中になっちゃったのは、これだけが理由じゃないの。はぁ……今でも思い出しただけで……
ガタッ!
それは一瞬の出来事だった。足元辺りから聞こえた何かが動く音、そしてジワリと感じる右太ももの違和感。そしてそれを感じ取った磐上彩音が、現状を理解するにはさほど時間を要さなかった。
これは……ヤバイ……
テニス部で鍛えられた反射神経の赴くまま視線を下へと向けると、そこにあったのは少し斜めになっている自分の机。それすなわち、目の前に居る晴下君の事を考えていた為に完全にノーマークで自分の机にぶつかってしまったと……そして発せられた机の移動音。そこまで大きな音じゃない。でも、それでも目の前の晴下君の耳に届かない訳がない。
なんというミステイク。別にドジだとかおっちょこちょいだとか、そういう風に思われる分には問題はない。ただ……私の頭の中を支配していたのは1つの事だけだった。
強制的に挨拶フラグ立っちゃったぁ!
たかが挨拶だよ? でもさ? 朝の一言目って、その人の1日の始まりを告げるものだと思うのよ。だからこそ、挨拶とは言えど少し表情作って、自分のタイミングで最高の挨拶をしたいと思ってたんだよ? なのに……これじゃあこのまま勢いで挨拶するしかないじゃんっ! しかも机にぶつかってるのバレバレだと思うし、そう考えると滅茶苦茶恥ずかしいよぉ。
けっ、けど諦めちゃダメ。そうだ、全然気にしてない体で行こう。むしろ、あれ? 机ぶつかった……よな? って疑問符を晴下君に植え付ける位の清々とした感じで通してしまえばいいんだ。
よしっ。だったら晴下君がこっちを見る前に、私が晴下君を見つめて挨拶して先制攻撃を……って!
めっちゃ見てる! もはやこっち滅茶苦茶見てる。……そっ、そりゃそうだよね? いきなり目の前で音が鳴ったら見ちゃうよね? 驚くよね?
どうするどうする! こういう時は間が空けば空く程、滅茶苦茶気まずくなるんだよっ。そうだっ! 焦らず、動揺せず、いつも通り笑みを浮かべながら、あくまで普通に……
「おっ、おはよっ。晴下君」
「あぁ、おはよう。磐上さん」
どう……かな? 反応的には至って普通だよね? だよね? 変に思われてないよね? うん、後は席に座りながら何気なくサッと机を直して……はいっ! とりあえずは危機回避ー!
ふぅ。なんだろ? 普通に学校に来て席に着いただけなのに、色々ありすぎてなんか変。いつもの自分が自分じゃないみたい……って当たり前だよね? 1年生の時は遠くから見てるだけだったあの人が、同じクラスでまさかすぐ後ろに居るんだもの。
これは神が私に与えたチャンス。いい彩音? この好機を手中に収め見事晴下君の心をゲットするのよ。
でもその為には……
まずは面と向かってお話出来る様にならないとなんだよぉ。
あぁ……ちょっと太もも痛い……
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