第5話 高男子力男子と問題解決

「ちょっともう聞いてよ!」


 社用車で銀行に行ってきた土肥どいさんが、ぷりぷりと怒りながら隣の席の一戸いちのへさんに話しかけた。この場合の「ちょっと聞いてよ」が一戸さんにだけ向けられていると思った男子諸君、もしかしたら君は、モテないタイプなんじゃないだろうか。


「おいおい、どうしたんだい土肥君。そんなに怒ったら可愛い顔が台無しだよ」


 早速経理課一のモテ男須磨すま先輩のお出ましである。

 常に女をとっかえひっかえ(ただし社外で)している彼くらいになると、女性社員の愚痴は、例え明後日の方向に飛んでいるとしても華麗にレシーブ出来るのである。けれど――、


「あっ、いや、須磨先輩は良いです」


 こと恋愛に関しては百戦錬磨の彼でもなぜかこの職場では全然お呼びではない。というのも――、


「ああ、ほら土肥っち、細川ささめかわさんいるよ」

「良かった! おおーい、細川さーんっ!」


 スーツのチョイスによっては最早全身タイツに見えてしまうムキムキマッチョサラリーマン、細川君である。さては細川君、今日のスーツは去年仕立てたやつだな? まったく筋肉の成長が凄まじいよ。筋肉にも成長期ってあるのかな?


「何だ」


 基本細川君は無口だ。必要以上にぺらぺらしゃべらないということも男子力の加点対象となる。須磨先輩はその辺をもっと勉強した方が良い。


「実はさっき駐車場でタイヤが――……」


 土肥さんがフリーズした。その隣の一戸さんもそれにやや遅れてフリーズした。

 

 なぜなら。

 細川君のスーツはところどころ油の染みで汚れていたのだ。

 手には使い込まれたクロスレンチが一本。


「もう済んだ」


 済んだのである。

 タイヤの交換なんて。

 既に済んでいるのである。


 恐らくたまたま通りがかったとかそんな悪魔的偶然で、パンクか何か知らないがトラブルを起こしているタイヤを発見したのだろう。クロスレンチだけしまうのを忘れたものと思われる。だけどそれを尻ポケットに差すのはどうかな細川君。


 タイヤ交換なんてこの細川君にとっては納豆をかき混ぜるくらい容易いものなのだ。ただ、いくらその程度とはいっても、スーツも手も汚れてしまうし、鼻の頭も黒くなっている。


「あの、細川さんお顔に汚れが……」


 と、一戸さんが差し出したウェットティッシュを「おう」と一枚もらい、汚れてるのは鼻なのになぜか額を重点的に拭っている。汗をかいたんだね、細川君。


 僕は心の中で「そこじゃないよ!」と突っ込んだが、土肥さんと一戸さんは「ちょっと可愛い」などとわけのわからないことを言って、お礼にとお菓子を手渡していた。


 こうして我が経理課一係の『かしまし娘』こと土肥さんと一戸さんも陥落した。ちなみに最後の一人は白井さん(第3話)なので、細川君は我が経理課の『かしまし娘』をコンプリートしたというわけである。

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