舞台小説「ある舞台の上で…」

山岡咲美

第1公演「小説家と2.5次元彼女」

 「起きるのじゃ!起きるのじゃ!起きるのじゃ!」


真っ暗な舞台上に鼻にかかるがかわいいアニメ声が響き渡る、舞台中央のローテーブルの上にスマホが光っている。


「小町ちゃん!」

昭明が一気に点き舞台は明るく、男はベッドから布団を跳ね上げ転がり、ローテーブルへとバタバタと駆け寄るとスマホを両手で抱えあげスマホに口づけする。


客席から爆笑と悲鳴と失笑が…。


そこはワードローブ(ハンガー掛け付きタンス)、テレビと木製のテレビ台、木製の二段引き出し付きのベッド、白いローテーブルとその上にスマホが置かれた舞台セット、背景は暗幕。


「本当に何もない部屋だな、大道具に掛ける予算無かったのか?」

セットいじりの笑いの中、男はグチグチと言いながらもスマホを見つめウインク。


「あっ、コイツ駄目な方のオタクだ」と観客は気付いて笑う。



「もう、いい加減にして!!」



スピーカーから女性の声が流れる。


男は回りをキョロキョロと見回すも声の主の姿は見えない。


そしてワードローブの扉がそっと開きその中から女が出てくる、男はワードローブが背にあって気づかない。


観客は笑いを堪えるのに必死だ。


「キモイからそれ止めろって言ってんの!」

野太い女の声が会場に響きわたる。


「ゴフゥ!!」

男の肺から空気が強く叩きだされた、その女に蹴たぐられたのだ。


「イテテテ…」

男はワードローブの前からローテーブルを飛び越えベッドの前でしゃがみこんだ。


「ごまぢぢゃん?大丈夫??」

男の手には高らかに掲げられたスマートフォンが、男は女に蹴たぐられたのながらも小町ちゃん(のじゃロリ系ツインテールのアニメキャラ)を守って居たのだ。


「オタクの鏡ね!」

男は更にマンジ固めをくらいながらもスマホと小町ちゃんを守り続けた。


「ねえユウ君!アニメの目覚ましも良いけど昨日はちゃんと書いたの?!!」

男の目が客席からも分かる位分かりや易くおよぐ(舞台演技で小さな笑い)。


「あ、いえね、最近スランプで小説は…」

シリアスな演技に客席も「ああ」と沈み混む…。


「ユウ君才能有るんだから書かなきゃ」

そう言うと女は転がって居た布団をベッドに戻しテレビの横のノートパソコンを見つめる。


「才能ったって…それ言ってんのアズちゃんだけだし…才能なんてないよ…」


「そんなこと無いのじゃ!ユウ殿は才能有るのじゃ!」

何処からともなく小町ちゃんの声がする。


「え?小町ちゃん?どっ、何処???」

いや、気づけよ彼氏![下池しもいけユウキ]は何処から聞こえて来る大好きなアニメキャラの声を探し回る。


「ユウ殿はやれば出来る子なのじゃ!」

客席はクスクスと笑う、後ろを向いた彼女[高滝たかたきアズサ]がアニメ声で彼に話していたのだ。


「そうか僕やれば出来る子だった!」

ユウキは聖剣でも抜いた勇者の様にテレビ横からノートパソコンを持ち出し天高く掲げた、ユウキはかなりのアレだと多くの観客は思った。


「じゃ私仕事行って来るからユウ君もバイト忘れないでねー」

ユウキはアズサの言葉をガン無視した。


「ユウ殿ー、アルバイトとやらちゃんと行くのじゃぞ!」

アズサは小町の声でそう言った。


「はっ!分かったよ小町ちゃん!!」

明後日の方を向いて返事をする駄目な方のオタク彼氏にアズサはため息をつきつつ、出かけて行く(舞台左、下座から舞台袖へとさって行く)。


「バイトは夜からだから、それまで書くかなっとその前にwedラジオ聞かないともう配信してる筈」

ユウキはスマホをタプタプして、アプリから[wedラジオ小町王国]をおとした。


「小町王国ラジオ、第49回なのじゃー!」

スマホからラジオを聞きながらユウキはノートパソコンを広げカタカタと書き始める。


「知っておるかの皆の衆、人生はの生きてるだけで勝ちなのじゃ、生きてさえおれば漫画を描いたりイラスト描いたり小説書いたりアニメやゲームを作ったり出来るのじゃ!」


「片寄ってんなー小町ちゃん!」

ユウキはラジオに突っ込む。


「そしてついにアニメ第2期決定ーなのじゃー!」

ラジオの中でファンファーレが鳴り響く。


「やったー2期だー!」

ユウキは手を止め両手を高らかに掲げた。


「2期か…スゲーな小町ちゃん」

ラジオの中で小町は話続けユウキは自分の小説を読み返す。


「…少し早いけどバイト行こうかな」



舞台は暗転する。



「コラー起きろー!!」

野太い彼女の声がする、いや、重たい!


昭明が点く!


「アズちゃん?どうしたの?重!!」

ベッドで寝ていたユウキの上にアズサが乗っている。


「重く無い!私、結構軽めの女子だー!」

かなり酔っているご様子だ。


「どうしたんだい?そんなになるまで…」

ユウキは布団から上へと這い出しアズサを見つめる。


「ふふーん、守秘義務があって出来なかったけど昨日は?今日は?飲み会だったのー!」

どうやら仕事終わりに呑んだらしい。


「何か良いこと有ったのアズちゃん?」


「有ったけど言いたく無い!」


「えーそんなんで僕と小町ちゃんの朝を邪魔したのかい?」

ユウキは軽い冗談の様に呟く。


「そんなだから言いたくないのに…」

アズサは不機嫌に呟く。


「どうしたの?良い事有ったんでしょ?」

ユウキほ優しく聞き返します。


「小町ばっかり…」


「?」


「小町ちゃんばっかりじゃん!」


「??」


「どーしてユウ君は小町ちゃんの事ばっかりなの?私は?私、彼女じゃないの?何で居もしない小町ちゃんのこばかり気にするの?あいつただのアニメじゃん!!」

アズサは泣きながらユウキに訴える。


「アズちゃん、そんな事言ったら小町ちゃんが可哀想だよ…」

アズサの涙を親指で払いながらユウキは言った。


「…ごめんユウ君、ユウ君小町ちゃん大好きだもんね…」

アズサは少し目をそらし複雑な気持ちで謝る。


「うん、君が演じる大切なキャラクターだ」


「?……」


「ユウ君?」


「ごめんね無理させちゃったね…」


アズサの目から再び涙がこぼれる。


「どうして?」


「長い付き合いじゃないか…」


「じゃあ」


「解ってる、僕を置いてけぼりにしたく無かったんだよね…」


「…」


「すごいもんだろ、小説家の演技ってのも」


「サイテーだよこんなストーリーの小説…」


2人は見つめ合い唇を…



「起きるのじゃ!起きるのじゃ!起きるのじゃ!」



「あーーーー!!小町ちゃーーーん!!!」

ユウキはアズサを振り払いベッドから落とす。


「ごめんよー小町ちゃん他の女なんかに、別にそんなじゃないんだ、言い訳、言い訳させてーー!」


「オイ、どういう事だコレ?」

なんか知らんけどアズサが怒ってる?


「えっ?だって小町ちゃんが起きろって…」

ユウキは何を怒ってるの?て感じだ。


「小町ちゃんって私だよね、私今目の前に居るよね?」

なんか肩が震えるほど怒ってる様子がうかがえる。


「え?小町ちゃんは小町ちゃんだろ?アズちゃんは演じてるだけじゃん?」

何の曇りもないまなこでユウキはアズサに言い放った。


「ユウ君のバカ!こんなに好きなのにー!こんな愛してるのにー!!」

ユウキはポカポカと叩かれる、もはやシリアスはラブコメと化していた。


「あ、あの、アズちゃん!」

ユウキはアズサの手を握り動きを止めさせる。


「何よ…」

アズサはぷくっと膨れっ面だ。


「小町ちゃんの声でもう一度好きって!」

最悪ですこの男。


「サイテー!」

アズサはまるで氷の女王みたいな冷たい顔で言いました。


「有りかな?」

長い付き合いだアズサにはその意図が解った。


「もーーーー!!サイテーなのじゃーーーーーーーー!!!!」


「ありがとーした!!」


「ホント最低だよ」

アズサは照れくさそうにつぶやいた。



舞台の幕が降りる。



***カーテンコール***



2人の役者が幕の降りた舞台の前に現れる。


右手からアズサ、左手からユウキ、2人は真ん中で手取りまずは右側の観客に一礼、続いて左側の観客、そして中央の観客へと一礼し、最後にに2階席の観客に両手を振る。



「「ありがとうございました!!」」



2人は大きな声でそう言うと深々と頭を下げる。


そこには鳴り止まない拍手があった。



***エピローグ(おまけ)***


「どうしたの?」

ユウキは楽屋へと戻る途中カーテンの隙間から中を覗くアズサを見つめる、観客の目もそちらに向く。


「いや、このあとの夜公演はベッドから登場予定だから……」

観客がくすりと笑う、夜公演も楽しい舞台になりそうだ。

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舞台小説「ある舞台の上で…」 山岡咲美 @sakumi

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