7 優しい秋の日

 秋の森を霧の狼が駆ける。色付いた木々の間を疾走する。ぐったりとしていたティアは元気になって、目を輝かせてそりの上で歓声を上げていた。森を歩いてみたいと言うティアのため、ある日セインリエスはそりを止め、二人で森を探索した。

 ティアはセインリエスが霧を凍らせて作り持ち手に木の葉を巻いた籠に、たくさんの木の実やキノコ、秋の味覚を詰め込んで笑っていた。錦色の雨の下で笑う彼女は、本当に楽しそうだった。まるで病気なんて抱えてはいないように。

「これまで、何度も秋の森は見てきました。でもここの森って……本当に、綺麗ですー! 近所の森はここまで綺麗じゃなかったんですよー!」

 笑う彼女の隣、セインリエスは静かにたたずんでいた。けれどそうしていると「セインさんも!」と彼女は彼を誘い、二人で錦色の雨の中踊るのだ。

 この瞬間が永遠に続けばいいのに。セインリエスは切に思った。自分がもしも氷の神だったら、一番幸せそうな彼女を凍らせて閉じ込めて、ずっと自分の近くに置くのだろうか?

――いいや、僕はそんなことなんてしない。したいとも思わない。

 思ったとき、彼の心が否定した。

 彼が愛するのは、生きて輝いている彼女だから。氷に閉じ込め動けなくしたら、確かに彼女は永遠を得られるだろうけれど。しかしそれはもう彼の愛した彼女じゃない。生きているからこそ、生きて笑っているからこそある確かな輝き。彼はそれを愛したのだ。そんな彼女を愛したのだ。

「今日のご飯は秋の味覚ですー!」

 嬉しそうな顔をしながら、彼女はセインリエスと二人で落ち葉を集め、火を熾す。熾した火で栗やキノコなどを焼いて二人で食べた。火の前だとセインリエスの霧も蒸発してしまうから遠ざかっていた彼に、「じゃあ私もそっちに行きますー」と彼女はそっと寄り添った。腕と腕とが触れ合う。

 腕に淡い恋心を抱いた人の温かさを感じながら、セインリエスはいつか彼女が失われる日のことを恐れた。この温かさが消えることを恐れた。

 そしていくら楽しげに笑っていても、病魔は確実に彼女の命を奪いに来る。

 遊び疲れて紅葉の布団の中で眠る彼女の呼吸は、細く荒く不規則で、見守っていなければそのまま止まってしまいそうにも見える。

 彼女には時間がない。それをわかっているけれど、だからこそ残された時間で精いっぱい、楽しい思い出を作りたいともセインリエスは思っていた。しかしそれで歩みが遅れれば、彼女は最大の夢である極光を見ずに、そのまま死んでしまうかもしれない。それだけは避けたかったが……。

「ティア……。君にこんな病魔さえ、宿っていなければ」

 思わず、呟いた。

 「もしも」のことなんて、願っても仕方のないことだけれど。

 そんな彼と彼女の頭上で、死をつかさどる北極星が、早くおいでよと不吉に輝いていた。 


  ◇

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