桜の記憶

 そうしなければ、あたしは殺されてしまうらしいから。


「見に行きたいから、まだ死にたくない……」


 目立たないように前傾姿勢を保ちながら疾走して、あたしは雄治の言葉を思い出す。


 生きていれば、桜が見れる。


 自分と同じ名前の、可愛らしく雄大な花。


 写真でしか見たことのないその花を、自分の目に映せるのは楽しみだ。


「約束してくれた。雄治が一緒に行ってくれるって。頑張らないと……」


 言葉に出すことで、僅かに士気が高まる。


 例え自分に存在理由がなくとも、生きていたいと思える目的があればそれに向かって生きられる。


 記憶探しなんていう有りもしなかった幻想の代わりに、雄治が用意してくれた新しい道しるべ。


 この世界で唯一信頼できる彼が示してくれた。


 今はそれを信じて進むしかないし、進みたい。


 そのためにも、あたしは言われた役割を果たさないと――。


(まだ足りないかな? もう少し範囲を広げて準備した方が雄治のこと安心させられるかも)


 ずっと走り回りながら、彼に頼まれたことをやってきた。

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