桜の記憶

         ◆


 自分のことなんて、今まで深く考えたことがなかった。


 自分は悪魔で、異世界に迷い込んで、記憶を無くして、でもどうにかすれば絶対元の世界に帰ることができる。


 そう信じていたし、疑う余地もなかったのに。


 まさかそれが一瞬で裏切られることになるなんて。


 今、こうして山の中を走る自分は、何者なんだろう。


 とりあえず、人間じゃない。


 雄治みたく、この世界で普通に生まれたわけじゃないから。


 なら、やっぱり悪魔?


 そう納得したいけど、それはもう無理。


 真実を知った以上は、無理だと思う。


 あたしは、悪魔っていう設定で創られた何か。


 曖昧な存在。


 これでも生き物なのか、それともただの物なのか。


 難しくてよくわからない。


 考えれば考えるほど、悲しくなりそうになる。


 あたしが生まれてきた意味は、いったい何だったのだろう。


 生まれてくる必要性なんて、あったのか。


(違う、こんなこと考えちゃ駄目)


 邪念を振り払い、あたしは走る。


 なるべく音を立てず、気配も消して。


 雄治が思いついた作戦を成功させるために。

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