桜の記憶

 草木に覆われた視界の狭い周囲を注意深く観察して、あたしは片桐って人がいる場所までの方角と距離を計算する。


 雄治だったらたぶん弱音を言いそうだけど、あたし的にはそれほど大した距離じゃない。


 敵に見つかることさえなければ、まだすぐに戻れる範囲内。


(もうちょっとだけ。念には念を入れよう)


 これだけ動き回っておけば成果はありそうな気もするけど、せっかくの計画が失敗したら雄治ががっかりしそうだし。


(あと少しだけ――)


 周辺に拡散していた注意を正面一点に戻す。


 目の前に迫るのは何かモコモコした草みたいな塊の密集地。


 突っ込んで突破するか無難に飛び越えるかで悩み、音を立てないことを優先するため飛び越えることにした。


 屈んでいた姿勢を僅かに戻して、跳躍のために足に力を込める。


 目立たないように、最小限のジャンプを。


 最近、学校の体育で遊んだハードル走をする感覚でモコモコを飛び越えようとした、まさにその瞬間。


「――?」


 五感に、空気が揺れる気配を感じた。


 その原因が何かを察知するより遥かに速く。


 眼前に。


 突然、上空から会いたくないモノが落ちてきた。

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