桜の記憶

         ◆


 夜の山に広がる暗闇は、全ての感覚を麻痺させてくれた。


 方向を正確に定められず、足元の安全性も認識できない。


 数メートル先がどうなっているのか。


 それすらも運と勘に頼るしかない。


(馬鹿みたいに開いた距離じゃない……! すぐに追いつけるはずだ)


 切れる息の合間に自分の喘ぐ声が聞こえる。


 ガーディアンの姿はどこに潜んでいるのか。


 隠れているわけでもないだろうが、夜目の利かない自分には位置を把握することは困難だった。


 それ故に、大声で桜の名前を呼ぼうにもそれでガーディアンにまでお互いの位置がばれたらゲームオーバー。


「ちくしょう……」


 じくじくと痛む耳からは、出血が続く。


 おそらく、着ている服も肩口は真っ赤になっていることだろう。


(どこだ……どこにいる桜……)


 手近な木に手をついて、息を整える。


 頼りない目測でしかないが、桜が落ちたであろう付近まで辿り着いるはず。


 静かだった。


 聞こえるのは虫の鳴き声と風に揺れる枝葉のざわめき、そしてよくわからない鳥の声。

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