桜の記憶
◆
一番最初の誤算は、あまりにも馬鹿げたことだった。
後先を考えることもできぬまま、元は病院であったこの廃墟に辿り着いてそろそろ二時間。
退屈を実感するには気持ちに余裕がなく、かといって気を引き締めるにもさすがに待ち時間が長すぎる。
見晴らしが良いからという理由だけで屋上に上がった桜は――因みに自分も連れてこられた――、ここへ通じる唯一の道を時折監視しているようだった。
周囲を照らすのは、心許ない月明かりのみ。
満月ではないせいか、以前に訪れた時よりも少し薄暗く感じられる。
しつこく付きまとう蚊を手で追い払いながら、俺は桜の隣に移動して手摺に腕を乗せた。
「こんな暗くて見えるのか?」
彼女が見ているのと同じ場所を睨み付けてみるが、正直闇以外に目に入るものがない。
もしあそこらに人が立っていたとしても、自分ではまずわからないだろう。
「うん、夜目は利くからばっちり」
自慢気に頷きながら、桜は一度こちらに首を曲げた。
「何でそんな不機嫌な顔してるの?」
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