桜の記憶

 本気でそんなことを思ったわけでもないようで、相手は冗談めかした口調で返してくる。


「まさか。そんなのじゃないですよ。……でも、ある意味それ以上に面白いことかもしれません」


「えー? 気になるなぁ。何があるのよ?」


 含み笑いを浮かべるこちらに好奇心を露にするが、それに肩を竦めてだけ答えておく。


「そろそろ行こうかな。約束の時間に遅れても示しがつかないし」


 立ち上がり、座っていた椅子を元に戻す。


「僕、明日休みなんでよろしくお願いしますね」


「任せて。よくわかんないけど、楽しいことなら存分に楽しんできなさい。若いうちだけだよ、そういうの」


 すれ違いながら肩越しに振り向き告げる先輩に


「はい」


 とだけ返し、片桐は休憩室を出た。


 張り付けていた愛想笑いを消し、ふぅ……と息をつく。


「くだらない話だな」


 吐き捨てるように呟き、従業員用の出口へ向かう。


 何の力もない一般人風情に、自分のしていることなど到底理解できまい。


 そんなやつらに、いずれ世界を変えることすら可能にするであろう自分の計画へ、どんな形であれ詮索や口出しをされることは片桐にとってただただ不快でしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る