桜の記憶

         ◆


「あれ? 片桐くんまだ帰らないの?」


 誰かには必ず言われるであろうと思っていた台詞に、片桐は僅かに顔を上げて頷いてみせた。


 バイト先である本屋の休憩室。


 お世辞にも広いとは言えないその室内で、片桐は一人最後の“プラン”を考えている最中だった。


 シンプルな壁掛け時計に一瞥をくれると、午後八時を回ろうとしていた。


 約束の時間までは、あと一時間ちょい。


 偵察に出しておいた使い魔の報告では、どういうわけかサクラはもうとっくに待ち合わせの廃墟へ到着しているらしい。


(せっかちな子だ)


 聞いた限り、七時前ぐらいからずっと待ち構えていると言うのだから、さすがに少々呆れてしまう。


「……何書いてるの?」


 側に寄ってきたバイトの先輩が、片桐の手元を覗き込もうと身を乗りだしてきた。


「いえ、別に。ちょっとこの後の予定に関するプランを考えていたんです」


 見られぬよう、机の上に開いていた手帳を閉じ、ポケットへしまう。


「なーに? ひょっとして合コンか何かの計画?」

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