桜の記憶

「夜月さん一人で勝ったようなものだし……。わたしはまた勝負するほどの実力じゃないよ」


 困ったように苦笑して有紀が口を開く。


「駄目だよ。二人に勝たなきゃ納得できない」


 ゲーム好きの根崎は昔から負けず嫌いだった。


 口を尖らせ言い返す友人を呆れた様に眺めつつ、俺はふぅっと息をつく。


 再戦する日など来ないかもしれない、あまりに儚い口約束。


 本人たちがそれを気づかずにいられるのは、ある意味良いことなのかもしれない。


「じゃあ、俺は行くよ。今日は楽しかった、ありがとう。一人で時間潰さなくて済んだから良かったよ」


「おう、また近いうち遊ぼうぜ」


 有紀とのやり取りに区切りをつけた根崎が、普段と変わらぬ笑顔を見せ歩き去っていく。


「……それじゃ、わたしたちも帰ろっか?」


 しばらくして根崎が雑踏に消えると、有紀が俺を振り返る。


 俺と有紀は帰る方向が一緒だ。


 桜とも、ここからなら途中までは道が同じになる。


 それを認識して言ってきたのだろうが、俺は首肯するのを躊躇った。

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