桜の記憶
それが拍手だと気づくのに、数秒かかった。
倒れた狼男のさらに奥。
明かりの届かない暗がりから染みだすかのように響いてくるその異音に、俺と桜は動きを止めて身構える。
虚を衝かれたような様子の桜を見る限り、能力解除に伴う通行人の接近というわけでもなさそうだ。
音は、確実に近づいてきている。
(まさか、仲間がいたのか?)
嫌な疑問をよぎらせていると、スッと闇の中から何者かが歩み出てきた。
相変わらず拍手を続け、静かな足取りで狼男の側へやってくる。
「あんたは、確か……」
外灯によって照らされた相手の姿。
現れたその人物には、見覚えがあった。
「いや、面白い。なかなか見応えのあるパフォーマンスだったよ」
足元に転がる狼男から目線だけをこちらに移動させ、そいつは言った。
そして、ずっと鳴らしていた拍手を止め、ニコリと笑う。
「結果がわかっているとは言え、結構真剣に見ちゃったなぁ。さすがはサクラだ」
無地の黒いシャツと、安物っぽいジーンズ。
中肉中背で、これといった特徴もない若い男。
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