桜の記憶

 眼鏡越しに見つめてくる瞳は、愉快そうに細められている。


「どういうことだ? あんた、ここの従業員だよな?」


 目の前の本屋を一瞥して、俺は確認するように問いかける。


 まだ鮮明に覚えている。


 この男は、昨日本屋で桜とぶつかった従業員だ。


 服装こそ違うが、それだけ。


 実は双子ですとでも言わない限り、正真正銘あの時の男で間違いない。


「そうだよ。こんばんは」


 俺の問いにあっさりと頷き、男は柔和な笑みを返してくる。


「ここ、時給安くてさ、ぶっちゃけ他のバイト探そうかって最近思ってたんだよ。でも、辞めなくて良かった。そんなことしてたら、サクラの発見が遅れちゃってたかもしれないからね」


「……?」


 話す内容が今ひとつ掴めないが、直感的に普通ではないと悟る。


 この男、何かがおかしい。


「あんた、人間……だよな?」


 得体の知れない感覚に襲われつつ、端から見れば馬鹿馬鹿しく思われるような質問をする。


「もちろん。僕が獣人に見えるかい?」


 答えて、男は両腕を広げおどけてみせた。

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