桜の記憶

「……」


 ここまでの展開など無かったかの如くお気楽なその台詞に、違う意味で言葉を失う。


「寒くもないのに風邪ひくとか、だらしないよ? 待ってて、すぐ終わらせるから。具合悪いなら仕方ないし、今日はこれ退治して終わりにしとこうか」


 目の前に立つ獣人を指差してそう言うと、桜は座るような体勢から不意を突くように足払いを仕掛けた。


 片足を掴まれたままだった相手は成す術なく転倒する。


「正直言うとね、結構痛かったんだよねお腹とか」


 倒れた狼男に馬乗りになるかたちで、桜は拳を振り上げる。


「女の子のお腹蹴るとかさ、あり得ないと思うの。万が一のことがあったらどうすんのよ? 雄治にだって迷惑かかるかもしれないんだよ」


「いや、俺は関係ないだろ……」


 咄嗟に突っ込みを口にしてしまったが、桜は聞こえていない様子だった。


「もう、本気で殴るからね」


 宣言と同時に、桜が左右の拳を交互に振り落とす。


 男の胸、首、顔、場所を選ばずひたすらに握りこぶしを叩きつけていく。


 途中、逃れようと相手が腕をかざしてガードの姿勢をとるも、あっさりと払いのけ連打を続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る