桜の記憶

 まさか、そのまま踏み潰すつもりでは――。


 相手の意図に気づき、俺は絶望と共に身を竦めかけた瞬間。


「……記憶ないけど、覚えてる限りでは生まれて初めてかも」


 あまりにも唐突に、聞き慣れた声が耳に届いた。


 獣人も驚いたのだろう、尖った耳をピクリとさせ力を込めようとしていた足の動きを止めた。


 そして、その止めた足をがしりと掴む一本の腕。


 その腕の付け根は、地面に倒れ込んだ桜の身体から繋がっている。


「脳震盪って言うんだっけ? この間たまたま本で読んだから知ってるんだけど、ホントに頭の中クラクラするのね。こんな経験なかったからびっくりしちゃった」


 ズリッと自分の頭を踏んでいた足を横にずらし、むくりと桜が身体を起こした。


「何か、まだちょっと気持ち悪い……」


 げんなりとしたため息をついて、少女は顔を上げる。


「さく……ら?」


 もう動くことはないと思っていた悪魔少女の復活に、俺は呆然とした声を出す。


「ん? 雄治、何で真っ青な顔して震えてるの? 風邪?」

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