桜の記憶

         ◆


 桜の能力は無駄なく効果が発揮されているようで、目的の本屋に到着するまでの数分間警察はおろか通行人の姿すら見かけることはなかった。


 人の気配そのものが消え失せ、物音すらまともに聞こえてこない。


 月明かりと外灯に照らされる周囲をざっと見回し、桜は本屋の入り口の前に立った。


 入り口、と言っても当然ながらシャッターが下ろされ中の様子など確認できない。


 近くには小窓があるが、店内に明かりが点いている気配はなく中が確実に無人であることが窺えるだけだった。


「さーて、どうしようかな。これって勝手に開けちゃまずいんでしょ?」


 眼前のシャッターを指差し、悪気のない様子で桜が訊ねてくる。


「当たり前だろ。そもそも鍵掛かってるし、無理矢理開けたら犯罪行為だ。て言うか、この状態から無理矢理中に入ったりなんかしたら、警備会社に連絡いってすぐにばれるからな」


 いくら記憶を操作できても、違法に侵入した記録や映像までは桜に操作はできない。


「それくらい平気だけど……、犯罪になるなら駄目かぁ」

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