桜の記憶

 現在桜が寝床としている家も、当然その一部になる。


 子供のいない中年夫婦の記憶を操作し、桜を自分たちの娘と思い込ませて生活をしている。


 そしてそれは、この学校の生徒や教師も同じだった。


 学校にいる全員、桜を入学したときからのクラスメイトとして認識させられている状態なのだ。


 唯一、この俺を除いては。


(とんでもない話だよな)


 単純に言えば桜という存在を記憶の中に上塗りされているだけなので、普通に生活をおくる分には特別何の問題もない。


 それでも、桜と他の誰かが当たり前に話をしているのを見かけたりすると、どうしても違和感を感じることがあるのも事実だ。


(そもそも、あの時点で何とかできていれば……)


 複雑な心境と共に思い返すのは、夏休み四日目。


 桜と出会った翌日の夜。


 いきなり俺の部屋にやって来た桜を上手く説得できていれば、少なくともこんな異質な状況に陥ることはなかったのかもしれない。


(でも、あのときだって一方的だったしな……)


 桜がまだサクラだったあの夜、俺の部屋で起きた馬鹿馬鹿しい出来事を思い出し、俺は後悔の念と一緒に弱々しくため息を吐き出した。

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