桜の記憶

 そう言って、桜はまた強気な笑みをその顔に戻した。


「そんなことより、明日はちゃんと約束守ってよ?」


「……わかったよ」


 若干毒気を抜かれた心地になり、俺は渋々頷く。


 それから、改めて目の前に立つこの少女をまじまじと見つめた。


 夜月 桜。


 本名は、サクラ=クラウン=ケフェリウス。


 異世界からやって来たという、記憶と知識を司る悪魔。


 そう。夏休みに入ってすぐ、あの廃病院で知り合った少女こそが、この桜の正体だった。


 その彼女が何故、高校生として普通に生活をしているのか。


 そこにはとんでもない理由があり、同時に桜が人間とは次元の違う存在なのだとまざまざと思い知らされる事実が含まれている。


 理解を得られないことを承知であえて一言で答えるならば、桜が人間として生活をしているこの状況そのものが、悪魔である彼女によってねじ曲げられた現実なのだ。


 具体的にそれがどういうことなのか。


 桜はこの町に住む住民そのほぼ全ての記憶を改竄し、夜月 桜という人間が十七年前からずっとこの町で暮らしていたと認識させてしまっている。

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