桜の記憶

 まるで何かを期待するような含みで、少女は僅かに声のトーンを上げて訊ねてきた。


「術士?」


 問われた言葉の中に聞き慣れない単語が紛れ込んでいたため、俺は首を捻る。


「体術とかの訓練受けてる人のことか? まぁ、警察だったらそれくらいはやってると思うけど」


「体術じゃなくて、法術とか魔術使える種族じゃないと意味がないでしょう」


「は?」


「自分で記憶を復元できれば一番良いんだろうけど、そんなことはさすがに不可能だし。お願い、あたしの記憶を戻せる術士を誰か紹介して?」


 胸元に手をやりながら、懇願するようにこちらへ詰め寄ってくる少女。


「……ごめん、ちょっと何言ってるかわからない」


 ひょっとすると、これは病院に連れていかなきゃヤバいレベルかもしれない。


 たぶん、何かのアニメにでも毒されたのだろう。


「とりあえずさ、家はどこ? スマホとか持ってないの?」


 これ以上深く関わらない方が良い。


 今更ながらそう理解し、俺はなるべく当たり障りのない返答をしてこの場を去ろうと判断した。

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