第16話 おつかいを頼まれたバル

 バルが帝都から離れたのは、建前上はお使いを頼まれたからだった。


 世話になっている料理屋のおかみが、故郷の村の家族の様子を見てきてほしいと言ったのである。


 これが遠方だったら彼女ももっと別の人物に依頼しただろうが、帝都からそこまで離れているわけではない治安のよい地域だったため、バルを選んだのだ。


 往復の費用分だけ食事代をまけてもらうという条件で彼は依頼を引き受けて、村にやってきたのである。


 乗った馬車でターニャたちと一緒になったのはただの偶然で、彼女たちは彼のことを全く気にしていなかった。


 二、三日もすれば同じ馬車に乗っていたことすら忘れられるだろう。


 バルにはそれでちょうどよかった。




「へえ、お使いねえ。いい年してそんなもん頼まれるなんて、さてはあんた大した仕事についてないな」




 カイルはずばり言い当てる。




「恥ずかしいがその通りだよ。よく分かったね」




 バルはまだ薄くなっていない頭をかきながら、愛想笑いを浮かべた。




「小間使いみたいなことをするのは、大したことを任せてもらえない奴の役目だからさ。帝都でも村でもその辺は同じなんだな」




 カイルは感心したように言う。




「まあ同じ国に暮らす民だからね。似たような考えになるのかもな」




 バルが言うと少年はなるほどとうなずく。


 彼はバルに対して馬鹿にしているような態度を取らなかった。


 さえないおっさんを馬鹿にしない若者は、けっこう珍しいためバルはやや意外に思う。




「で、おっさんは今日どうするんだ? ここに泊まるのか?」




「そのつもりだけど、まずは頼まれたことをやらないとな。獣の皮職人のインバーさんの家ってどこだい?」




 少年に向かってバルがたずねると、彼は目を丸くした。




「インバーおじさんの家なら、俺の家の斜め前だよ。案内するよ」




 カイルはそう言って早歩きになり、バルは苦笑してついていく。


 インバーの家は木造で、おそらく質自体は帝都の二等エリアよりもずっと悪いのだろう。


 ただし村だからか、それとも職人の家だからか、建物の広さはこちらのほうがずっと上だった。




「インバーおじさん、お客だよ」




 カイルが大声で呼びかけると五十前後の日焼けした小柄だが骨格のしっかりした、目つきのよくない白髪の男がぬっと出て来る。




「客だと?」




 じろりと青い目がバルに向けられた。




「あなたがインバーさんですか。帝都の料理屋に嫁いだ妹のリタさんに頼まれてきたのですが」




「ああ、あいつか?」




 バルの言葉を聞いて気難しそうなインバーの瞳に、理解の光が帯びる。




「家族の近況を知りたいとのことでしたか」




「手紙を出さないのは誰も何ともないということだ。妹にはそう伝えてくれ」




 インバーはぶっきらぼうに言うと、ぴしゃりとドアを閉めてしまう。




「……インバーさんはああいう人だから仕方ないよ」




 横で黙って見ていたカイルがなぐさめるように言った。




「君は若いのにできた子だな。ありがとう」




「今日の宿、どうする?」




「馬小屋でいいんだけど、貸してくれそうな家に心当たりはあるかい?」




 バルの問いにカイルは即答する。




「村長さんのところが無難かな。俺が事情を話してやるよ。それなら、ダメだと言われないって」




「重ね重ねありがとう。何か礼をしないといけないところだが」




 バルが懐を探りはじめると、少年はませた顔で笑う。




「いいって。バルさんみたいなさえないおっさんから、礼は受けとれないよ」




「これは一本とられたかな」




 バルは苦笑した。




「代わりに帝都のこと、教えてくれよ」




「ああ、それならいいよ」




 カイルの少年らしい頼みを彼は引き受ける。


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