第17話 本当の目的

「そういうことなら、馬小屋で寝てもらおうか。食べ物は用意できないが」




 年老いた村長はそう言って許可を出してくれた。




「ありがとうございます」




 バルは礼を述べて教えられた馬小屋へ向かう。




「なあ、おっさん。晩ご飯はどうするんだい?」




「うん? 一食くらい抜いても平気さ」




 少年の問いに彼は強がっている表情で応じる。


 実際はどうにでもなる問題なのだが、少年にはそれが分からない。




「マジかよ。何なら俺のメシ分けてやろうか?」




「さすがにそれはできないよ」




 バルは少年の親切心に感謝しながらも断る。




「そうか? 毛布か何か持って来てやろうか?」




「欲しくなったら村長に頼むから大丈夫だよ」




 バルは答えてから彼にたずねた。




「どうしてそんなに親切にしてくれるんだい?」




「だって、母ちゃんが言ってたもん。みんな誰かの助けが必要な時があるんだから、お前も助けられる時は助けろって」




 カイルは迷わず答える。




「そうなのか。いいお母さんなんだな」




「うん、よく怒られるけどね」




 バルの言葉に少年は照れ笑いを浮かべた。




「そろそろ帰らないと怒られるんじゃないかい?」




 バルが言うと彼は慌てて外を見る。




「やべ、じゃあまた明日な。上手くいったら、ご飯の残りくらい持ってきてやるよ」




 カイルは手を振ると大急ぎで自分の家を目指して去っていた。


 彼を見送ったバルが馬小屋の隅で寝転がると、音もなくミーナが出現する。




「本当に馬小屋にいらっしゃるのですね」




 彼女は周囲を見て端正な顔に驚きと呆れをまじえて言う。




「まあみなが知っているバルは、そういう男だからな」




 バルが答えると彼女は黙って袋から食料をとり出す。


 中に入っているのは無臭で食べカスが散らかりにくく、他人の馬小屋で食べても支障のない木の実などだ。




「だが、来てよかった。人情というものはどこに息づいているのか分からないと教わったよ」




 バルはある親切な少年について話す。




「こういう場所のほうが助け合う機会が多いことも、理由としてありそうですね」




 ミーナは淡々と感想を述べる。


 バルは食事を終えると彼女が差し出した水筒に口をつけてのどを潤し、発言をした。




「イングウェイがある敵に遭遇したらしいのだが、お前の意見を聞きたい」 




 事情を聞いたミーナが表情をかすかに不機嫌そうにしつつ応じる。




「おそらく呪術でしょう。相手の脳に干渉し、記憶に手を加え、条件を満たせば死に至らしめるものです。闇の召喚術の件といい、外道な輩が背後にいそうです」




「……その呪術はどれくらいの難易度なんだ?」




 バルはおそらく皇帝や八神輝も気にしているであろう点を聞く。




「十段階のうち、上から二番めくらいです。魔術の腕で考えると、帝国の宮廷魔術長官くらいはあるかもしれませんね」




「厄介だな」




 ミーナの回答にバルは顔をしかめる。


 宮廷魔術長官とは帝国の魔術師の最高到達点と言われる地位であった。


 今の長官は八神輝を除けば魔術の腕は間違いなく帝国一であり、戦闘力でも八神輝の次を座を何名かと争うほどである。




「ところで本日はどのようなご用件でこちらにいらっしゃったのですか?」




 沈黙が訪れたため、ミーナは彼に聞いた。




「皇帝陛下の指示でね。次の手があるとすればこの付近ではないかとおっしゃるので、私が来たんだよ」




 彼女相手ならば隠す必要はないため、バルは真実を打ち明ける。




「意外ですね。あの男、バル様が帝都から離れるのを認めたのですか」




 ミーナは心底意外そうだった。


 彼女が見る当代皇帝は呆れるほど臆病で、最強のバルが近くにいないという状況に耐えられる男ではない。




「あの方が相当慎重なのは否定できないが、民よりも自分の安全を優先するような方ではないよ」




 バルは苦笑して、彼女の思い違いを訂正する。




「バル様がそうおっしゃるなら」




 彼女は彼との論争を避けるような回答をした。




「ところでこのあたりで冒険者が呼ばれる出来事はあったのか?」




 バルの問いに彼女はうなずく。




「ええ。この隣の村の近くの草原で、ファイアウルフの群れを見かけたそうです。だから六級から七級の冒険者が呼ばれたのではないでしょうか」




「そう言えばターニャは七級で、パーティーには六級の魔術師がいたはずだな」




 と彼はつぶやいた。


 自分で調べたわけではなく、窓口のロイが勝手にしゃべったのである。




「六級もいるならファイアウルフ如きに遅れをとるとは思いませんね。ギルドのランク制度を信用すれば」




「その辺は大丈夫だろう。私のようにあえて低ランクでいるような者がいるかもしれないが」




 一定の条件を満たさないとランクアップできない制度は、条件をわざと満たさないことで昇格しないという手があるのだ。


 ランクが高いほど割のいい依頼を受けられるし、名声も得られるため普通はやらないのだが、バル自身普通はやらないことをやっているため、同類がいる可能性を無視できない。




「……そのターニャたちを見て来ればいいのですか?」




 何となく言いにくそうなバルに対して、ミーナは先回りする。




「頼まれてくれるか?」




「冒険者は依頼内容で死んでも、自己責任のはずですが……?」




 彼女は珍しくさぐるような視線を向けてきた。




「この近辺にファイアウルフが出たという話は聞いたことがない。何かの前触れか、それとも大規模な魔物召喚の影響が出たのかもしれない」




「なるほど。念のための調査するということですすね」




 知り合いの恋人だから過保護になっているわけではないとミーナは納得する。




「ああ。一緒に行こう」




「……別に私はかまいませんが」




 バルの誘いに彼女は一瞬の間を置いて答えた。

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