第15話帝都から少し離れた村

 帝国における軍の制度の特徴のひとつとして、騎士と兵士が挙げられる。


 騎士とは戦闘訓練を受けることが日課になっている戦闘職だが、兵士は訓練を受けた後故郷に返された民間人だ。


 帝国では十五歳になった男女は徴兵されて、それぞれ訓練を受けるのである。


 この際に魔術や精霊術の適性も確認され、適性があったものは軍の指導によって伸ばしていく。


 場合によっては騎士として取り立てられることもある。


 騎士になれば村で暮らすよりもずっとよい恩給を毎月受けとれるし、退役すれば死ぬまで年金が支払われる。


 死後も一年間は遺族が年金を受けとることも可能だ。


 それに簡単な読み書き計算も教わるし、けがの手当ての仕方なども覚えさせられる。


 さらに人出を徴収した代償として十分な食料、衣類、岩塩などが払われる上に本人も恩給が与えられるのだ。


 そのせいか、帝国における徴兵制度は「過酷な義務」ではなく、「割のいい出稼ぎ」と考える庶民は少なくない。


 農家の次男、三男たちの中には騎士として取り立てられることを夢見て、手製の木刀をふるう者もいるほどだ。


 帝都から馬で四日ほどの距離にある、リューベック村の少年カイルもそのひとりである。


 彼が家の手伝いもそこそこにひとり木刀を振っていると、若い女性の四人組が通りかかった。




「精が出るわね、少年」




 気安い調子で話しかけてきたのは、猫の耳の獣人である。


 小柄でほっそりとした可愛らしい少女だが、丈夫そうな皮の胸当てに短剣を腰に差し、小物入れなどを身につけていた。




「お姉さんたちは冒険者ですか?」




 同じ村の少女たちとは違う垢ぬけた印象を持つ、年上のお姉さんをまぶしそうに見つめながらカイルは話しかける。


 若い女性が少人数で行動していて、なおかつ武装しているとなると騎士か冒険者しか考えられない。


 そして騎士は必ず帝国の紋章が入った鎧を着ているため、彼女たちは冒険者だと彼は判断した。




「ええ、そうよ」




「ターニャ、何を寄り道しているの?」




 離れた場所から猫の獣人に仲間らしき女性が声をかける。




「だって頑張っている男の子、見たら応援したくなるじゃない?」




 ターニャは仲間に大きな声を返す。




「頑張っている男の子は全員応援する気か。ロイが知ったら複雑だろうね」




 青い大きな帽子と、帽子と同じローブを着た二十歳前後のきれいな女性がそう言うと、ターニャはむくれる。




「何でそこでロイが出て来るのよ? ただ声をかけるのにあの人は関係ないでしょ」




 カイルはいきなり知らない名前が出てきて話についていけなかったが、どうやらターニャという猫の獣人には恋人がいるらしいと理解した。




(これだけ可愛いんだから、そりゃ恋人くらいいるよなぁ)




 本音を言えば少年はがっかりしてしまう。


 初対面の女性に恋人がいると分かっただけなのに、落ち込んでしまう理由は本人もよく分からなかった。


 冒険者たちは彼に軽く会釈して村に行く。


 カイルの村は平和で特に問題が起こったこともないから、恐らくたまたま通りがかっただけだろう。




(……冒険者になったら、あんな可愛い女性と知り合えるのかな?)




 カイルはふと考える。


 騎士になるのと冒険者になるのと、どちらがいいのかと女性に興味を持ち始めた年頃の少年はけっこう本気で悩みだす。


 やがて様子を見に来た長兄に相談して、大いに笑われた。




「まずは徴兵に行ってからにしろよ。そうしなきゃお前が騎士様や冒険者になれるのかどうかすら分からないじゃないか」




 兄の言葉はもっともだとカイルは思う。


 のどかな村には戦士や魔術の才能を調べる方法などないし、素質を見抜く目を持った人物などさらに関係がない。


 そこへまたひとりの男性がやってくる。


 美形ぞろいで華やかだった女性四人組とは違い、くすんだ銀髪に青い目のさえない容貌の持ち主だ。


 年は三十代前半からなかばくらいで、カイルの父親と同い年かあるいは年上かもしれない。


 そのおっさんは女性たちとは違って歩く姿も頼りなく、動作も何となくだらしがなかった。




「おじさん、どこ行くの?」




 思わずカイルは声をかける。




「ああ。知り合いにお使いを頼まれてね」




 おじさんはのんびりと答えた。


 どことなく間が抜けている感じがして、生来親切なカイルは不安になる。




「おじさん、ひとり? このあたり魔物はいないけど、獣くらいはたまに出るよ?」




 旅慣れている者であれば獣が出た時の対応方法くらい心得ていそうなものだが、このおじさんはどうなのだろうと少年は思ったのだ。




「いや、途中まで乗合馬車を使ったんだよ。その時、冒険者たちと一緒だったから楽ができた」




「何だ、そうだったのか」




 おっさんの回答に彼は納得する。


 乗合馬車は主要な移動手段のひとつで、おそらく庶民が最も安全に移動できるものだ。


 御者は武術の心得があるし、複数の馬が引くキャビンにまとまった人数が乗っていると、それだけで寄って来ない魔物や獣は多い。


 もちろん例外な魔物はいるのが、帝国では騎士や一流の冒険者が積極的に駆逐するため、不安材料として計算されていなかった。




「てことはさっき来たお姉さんたちと一緒だったんだね」




 カイルはひとり合点する。


 乗合馬車は道の都合もあって、この村のかなり手前までしか来ない。


 ここまで来ようとすると徒歩になるし、女性とは言え実力がありそうなターニャたちと、さえないおっさんでは歩く速度が違ってて当然だ。




「ああ、そうだよ」




 答えるおっさんに彼は言う。




「お姉さんたちならたぶん、この村を通過しても大丈夫だろうけど、おじさんはつらいよね? 泊まっていく?」




「ああ、そうさせてもらうかな」




 おじさんはホッとした顔でうなずく。




「じゃあ、俺が案内してやるよ。俺、カイル。おじさんは?」




「バルっていうんだ。よろしくな、カイル」




 バルトロメウスはそう言って少年と握手をする。


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