第12話冒険者ギルドにて
冒険者制度とは有能だが組織ではやっていけないタイプが、野放しになって賊徒と化すことを憂いて創設した制度である。
国家の援助によって誕生した各地のギルドに所属して規定には従わなければならないのだが、それ以外はかなり自由だった。
他者に合わせるのが苦手な者、毎日規則正しい生活を送るのができないだらしない者、上下関係の厳しさに耐えられない者が中心だが、一獲千金を夢見る若者も少なくない。
と言うのも、大功を立てて冒険者から土地持ち貴族に取り立てられた者が現れたからである。
貴族社会の反発はあったものの、「大きな功績を立てられる武力を国家に所属させ、組織に組み込む」メリットを提示して黙らせた。
「その冒険者っていうのが、現・八神輝レーヴァテインのマヌエル様なんだろう? 散々聞いたよ」
バルは行きつけの冒険者ギルドで、熱く語る若い獣人の男性の受付に苦笑する。
知っているも何も彼はマヌエル本人と面識があるのだから、苦笑するしかないというものだ。
「バルさん、チャンスなんですよ? 冒険者ギルドは帝国が運営している組織のひとつです。つまり、活躍すれば帝国に名前が知られるのですよ?」
彼は何も知らない側の人間だから、純粋な好意でバルに説いているのである。
「ああ、それは分かるよ」
バルは何でもないように答えた。
一般的には広まってはいないだけで、彼もマヌエルと同じく庶民から取り立てられた側なのだから当然知っている。
「別に戦いで活躍しなくてもよいのです。読み書き計算が得意だとか、薬や花について詳しいだとか。何かひとつ秀でた者を、帝国の上層部は歓迎してくれるのですよ」
「そうなんだね」
彼は何も知らなかったという顔で相槌を打つが、これも知っていた。
何しろ当代皇帝に「どう思うか?」と聞かれて賛成したのである。
一芸に優れていれば登用されるというのは、庶民にとって励みになってよいと彼は思ったのだ。
熱心に教えてくれる青年に対してバルはだんだんと申し訳ない気持ちになってくる。
(そんな気はないけど、何だか騙しているようだからな)
という気がしてきたからだ。
そこへ赤髪青髪弓使いの三人組がやって来る。
「ロイ、依頼をくれ」
青髪に頼まれてロイは数枚の依頼書を彼らに提示した。
「もうちょっと強い奴いない? オーガやガーゴイルと戦える依頼とかないのか?」
赤髪が不満そうに言うと、受付の青年は苦笑する。
「オーガってオーク三匹を一瞬で蹴散らせるくらいの強さだよ。ガーゴイルは空を自由に飛ぶし、魔術を使えないとまともにダメージが通らないんだ。オーク一匹に三人がりの君たちにはまだ紹介できないね」
三人組は体よくあしらわれてしまい、ぶつくさ言いながら依頼を受けて去っていった。
「さて、バルさん」
話の続きが再開されそうだと判断したバルは先回りする。
「ロイは最近ターニャとはどうなんだい?」
「な、何ですか、急に……」
バルのあからさまな話題転換にロイと呼ばれた窓口の青年は動揺した。
ターニャとは帝都に拠点を持つ若い女性冒険者のひとりで、ロイとこっそり交際しているのではと一部でうわさである。
「秘密にしておきたいなら、一緒にケーキ屋に行ったのはまずかったね」
「あ、あ、あれを見られていたのか」
ロイは隠しても無駄だと悟ったのか、がっくりと肩を落とす。
彼の肩を優しく叩く。
ギルド職員に支給されている青い制服はなかなか上等な生地を使っているようだ、とバルは手触りで判断する。
「ひ、秘密にしてください。お願いします」
顔を勢いよくあげたロイは彼に必死の形相で頼み込む。
「かまわないけど、どうしてだい? 確かギルド職員と冒険者の交際は禁じられていなかったはずだが」
バルは首をひねる。
むしろ若くて魅力的な女性職員は、有望な冒険者と結婚するのはひとつのパターンとして定着しはじめているほどだ。
女性にしてみれば大金を稼ぐ可能性のある男性と知り合えるし、男性にとっても美しく堅実な職についている女性と出会えるチャンスなのである。
それを知った当代皇帝が「正直、この展開は少しも予想していなかった」と目を点にしていたのは、誰にも言わず墓に持って行こうとバルが思っていることのひとつだ。
「からかわれるのがいやで。特に男性たちに」
ロイは苦しそうに打ちあける。
「ああ。ターニャは可愛いものな」
バルは納得した。
一言で言えば嫉妬だろう。
ターニャは小柄で可愛らしい猫の獣人で、若い男性にはけっこう人気がある。
「そうなんです。ターニャは世界一可愛いと思うのですが、その分みんなの風当たりが強くて」
とロイは照れながら言い、バルはなぜ彼に対する風当たりが強いのか何となく察した。
「お幸せに」
そう短く告げてギルドから出ていく。
「あ、ちょっと、バルさん?」
手続きは終わっていたため、去っても問題はないはずなのが、ロイは「話し足りない」という顔で呼び止めようとする。
彼女自慢がうっとうしいからだと気づいていない青年は、そのうち誰かから指摘されるまで同じようなことをくり返すのだろう。
バルはそう考え、ターニャのために恋愛の女神に祈っておいた。
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