第13話秘密の風景

 バルが家に戻ってくるタイミングを見計らったようにミーナが転移してくる。


 今日は黒を基調としたメイド服に白いエプロンという格好だった。




「おや、晩ご飯を作ってくれるのかい?」




「はい。今日ならまだ召し上がっていないと思いましたので」




 ミーナは彼の行動パターンを把握していて、今日この時間帯に来れば手料理をふるまえると判断してやってきたのである。




「ありがたくもらおう」




 バルは今日も好意に甘えることにした。


 彼の家の台所は狭く、ふたりも同時に立つことはできないし、台所と食べる部屋は分けるしかない。


 その上食べる部屋も六平方メートルくらいである。


 これは二等エリアにある家に共通することで、彼が別に粗末な家を選んだわけではなかった。


 ミーナは許可を得たことで鼻歌交じりに料理をする。


 彼女の後ろ姿はなかなか様になっているとバルは思う。




「そう言えばミーナ、救護院に寄付をしてくれたんだって?」




「ええ。差し出がましいかと思いましたが、バル様がやっていらっしゃると知った以上、知らないフリをする気になれなくて」




 ミーナの回答はよどみがなかった。




「あれを見ると、陛下の施策はまだまだだと思えるな。国家という図体のデカい組織を回している以上、手が届かないところはどうしても出てくるのかもしれないが」




 バルは神ならぬ身の政治には限界があるのではないかと思っている。




「それの対応をするのも、国家の役目ではないかと愚考いたしますが」




 一方でミーナはそれを解決するのも国の役目だと返す。


 相手が彼であるため非常に穏当な言葉を選んだのだが、皇帝を突き放すような態度に変わりはない。


 皇帝が「気位が高く気難しく御しがたい」と評したのもうなずけるだろう。




「確かに仕方ないですませてしまうのはよくないな。国の支援が必要なのに届いていない人はいるのだろうし、頑張ってもらわないとな」




 バルもまた彼女の考えに一理あることを認める。


 国家運営とは実に難しそうで、彼はこれからも関わり合いになりたくないなと思う。




「お待たせいたしました」




 ミーナは持参した銀色の皿の上に料理を盛り付けてから運んでくる。


 野菜がたっぷりのスープ、蒸した貝、焼き魚、怪鳥の薬草包みという一等エリアに行かないとまず見られないような豪華なメニューだ。


 彼女の魔術で家の外に匂いなどが漏れないようにされているが、そうでなければ匂いに気づいた近隣住民が殺到していたかもしれない。


 バルの好みに配慮して味は薄めである。




「ありがとう、ミーナ。ケチをつけるわけではないが、果物があればうれしいな」




 彼が遠慮がちに要望を出すと、ミーナはにこりと笑って答えた。




「そうおっしゃると思ったので、リンゴとバナナをお持ちしております」




「ありがとう!」




 彼がもう一度礼を言えば、彼女は幸せそうに微笑む。


 まるで夫婦のような風景だが、これを知っている者は皆無に等しい。


 彼らは無言で仲良く料理を味わう。


 ミーナがむしゃむしゃと怪鳥の薬草包みを食べているを見て、バルは言った。




「ミーナと出会うまで、エルフが肉を食べるとは知らなかったよ」




「私もエルフが肉を食べない生き物だと思われるだなんて知りませんでした」




 彼に話しかけられたため、彼女もようやく声を発する。


 このやりとりから分かるようにエルフも普通に肉は食べるのだ。




「ただ、不要な殺生はしない、生態系に配慮して糧を欲する動物に分け与える場合があるだけなのですが、いつしか虚像が生まれていたのですね」




 ミーナの言葉にバルはうなずく。




「殺した獣の肉を他の獣に分け与える場合があるというのが、変化して伝わったのだろうな。おそらくだが」




「あくまでもバランスの調整の一環ですから、分け与える獣がいない時は自分たちで食べるのですよ。殺した動物を糧にする者がいないという状況こそ、エルフにとって避けるべき事態です」




「……耳が痛いな」




 バルは神妙な顔でつぶやいた。


 食べきれない料理を用意して廃棄するというのは、帝国貴族たちが己の財力や勢威を誇示するためにやっている。


 やむを得ずになっているのではなく、意図的にやっているのだから、エルフからすれば許しがたい行為だ。


 ミーナが皇帝たちに辛らつな態度をとるのも理由がないわけではない。




「バル様はどうしてお止めにならないのですか?」




 彼女は不思議そうにたずねてきたため、彼は答えることにした。




「貴族が浪費を止めると、庶民の実入りが悪くなってしまうからだ。貴族たちが大量に買うおかげで、家族を食わせることができる民がいるという一面があるんだよ」




 良くも悪くも帝国の経済は貴族や富豪が支えている。


 彼らが消費を控えると国内の景気が悪くなり、真っ先に影響を受けるのは立場の弱い庶民だ。




「生命への冒とくと言われようとも、まずは同胞たちを食いつながせることを優先させているというわけだ」




「……何の意味もない無駄な愚行ではないということはひとまず理解いたしました」




 ミーナは神妙な表情で言う。




「私たちだって完璧ではありません。同胞を守るため、生態系の保護のため、己の未熟さゆえ、やむを得ず生命を刈ることはあります。良い勉強になりました」




「ミーナほど真摯に命と向き合っている者は、残念ながら多くはないだろう。その点で人間はまだエルフには及ばないよ」




 バルは肩をすくめた。

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