第11話 救護院

「バル、ひとつ仕事を頼まれてくれないかい?」




 ある日、老婦人に言われたバルはすぐに察する。




「ああ。炊き出しの日だね」




 帝都の一等エリアと二等エリアには救護院という、身寄りのない子どもやけがや病気の人を世話する施設があった。


 月に二回、炊き出しをやっていて、老人や子どもであれば救護院の者でなくても食べることができる。


 それを行うためには救護院のシスターだけでは足りないため、手伝いを頼まれることは珍しくない。


 バルは視察も兼ねて何度も手伝いに行っていた。




「悪いが頼むよ。やっぱり経験者がいたほうがいいからね」




「承知した」




 バルが向かったのは二等エリアの救護院である。


 一等エリアにあるほうは人手を集めやすいし、貴族や富裕層からの寄付も得られていた。


 困ることが多いのは二等エリアなのである。


 救護院はエリアの南の端のほうにあって、その先には帝都を守る城壁や騎士団の宿舎があった。


 そのせいか、騎士団からの助っ人は珍しくはない。




「あ、バルさん」




 彼の姿を認めて声をかけてきたのは十二歳の少女である。


 誰かからの寄付らしい青いシャツと紺色のスカートといういでたちが可愛らしい。




「いつもありがとうね」




「いやいや、暇だからね」




 バルは謙遜して答えた。




「いつも来てくれるのはバルさんくらいよ。後、寄付してくれるのは光の戦神様くらい」




 少女はすねたように口を尖らせる。




「光の戦神様はまた寄付してくれたのかい?」




 本人のくせにバルは驚いた顔をして彼女に聞く。




「ええ、大きな鍋と清潔なタオルに、食料をいろいろ。実際に持ってきたのは断罪の女神と呼ばれているエルフの女性だったけど」




 顔を知られたくない彼はミーナに代理を頼んだのである。




「きれいだけどちょっと怖かったな、ヴィルヘミーナ様」




 彼女がぽつりと言うと、話を聞いていた十歳くらいの男の子が言う。


 子どもたちはどこからともなく群がってきて、彼らを囲んでいる。


「え、でも、ヴィルヘミーナ様も寄付してくれたよ? 下着とか毛布とか野菜とか。びっくりした」




 寄ってきた小さな女の子が話に参加した。




「そうだけど、きれいすぎて怖い感じ」




 十二歳の女の子が困った顔で答えた。




(ミーナの奴、寄付してくれていたのか)




 とバルは子どもたちの会話を聞きながら目を丸くする。


 彼女はそのようなことを一言も言っていなかったのだ。




「ヴィルヘミーナ様もお優しい方なのかな」




 バルが言うと、子どもたちは首をかしげる。




「どうだろうね?」




「バルロロさまが寄付してるなら、とか言っていたもんね」




 小さな子がさらりと言う。


 バルの本名をまだ上手く言えないのだが、内容はよく分かる。


 どうやら彼がやっていることを知って手を貸す気になっただけで、慈善事業に熱心なわけではないらしい。


 強制するものでもないから、バルは何も言おうとは思わないが。




「ありがとうございます、バルさん」




 彼の姿を見た若いシスターが礼を言う。




「今日は何を作っているのでしょう?」




「寄付でいただいた穀物、鳥肉、野菜、卵をたっぷり入れたスープですわ」




「普段は肉や卵なんて食べられないから楽しみだよね」




 十三歳の男の子が、彼女の横から一言付け加える。




「本当に、光の戦神様には頭が上がりません。いつもいつもたくさん……いつかお礼を言いたいのだけど、無理かしら」




 若いシスターの言葉に反応したのは、救護院のトップを務める老婦人だった。




「無理でしょう。光の戦神様のお顔をご存じなのは皇帝陛下と八神輝レーヴァテインの皆さまを除けば、ほとんどいないとか。謎の多いお方なのですよ」




「そのせいでいろんな説があるのですよね。若くてハンサムな殿方と言われたり、実は女性だと言われたり」




 中年のシスターがキラキラした目で話す。




「実は皇帝陛下と同一人物じゃないのかという声まであるよ」




 十二歳の少女が言う。




(それは知らなかったな。女かもしれないと言われているのは、聞いた覚えがあったが)




 バルはうわさのひとり歩きっぷりを実感して呆れそうになる。




「緑実らせる女神グリューンヴァイプよ、本日もお恵みくださいましてありがとうございます」




 女神に感謝の祈りをささげてから食事ははじまるのだ。


 子どもたちや人々が美味しそうに食べている様子を、バルはじっくりながめながら食事を味わう。




「で、バルさんは誰目当てで来てるんだい? やっぱりメアリーさん?」




 とからかうように言ったのは十三歳の少年である。


 メアリーとはシスターたちの中で若くてきれいな女性だった。




「ちょっと、失礼でしょ。バルさんに」




 言われたメアリー自身が慌てる。




「いや、メアリーさんなら素敵な男性がいくらでも見つかるだろう」




 バルのほうは落ち着いてあしらう。


 相手にしていないという態度に、少年はちえっと舌打ちをして笑いが広がった。


 

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