第10話 酒場にて

 冒険者とギルドで別れた後、バルは一軒の酒場に向かう。


 そこそこの酒とそこそこの料理を安い値段で提供している、大衆向けの店だ。




「あら、いらっしゃいませ」




 若くて美しい看板娘が笑顔で迎えてくれている。


 彼は時々来ていて彼女と遭遇しているのだが、彼女のほうは彼の顔を覚えている様子はない。


 何人もの男が寄ってくる彼女にとって、さえないおっさんだとしか思えないバルは日常の背景のようなものだ。


 特別な何かが起こらないかぎり、個人を意識することすらないだろう。


 バルとしてはそれでよいと思っていた。


 彼は空いている二人かけの席に座り、冷えたお茶とおつまみを頼む。


 しばらくすると同じくさえない風体の中年男性がやってきて、彼に聞いた。




「相席させてもらってもいいですか?」




「ええ、どうぞ」




 まるで初対面のふたりが偶然会ったかのようなやりとりだが、バルは彼のことを待っていたのだし、彼もバルに会いに来たのである。


 中年男性が注文したつまみが届くと彼らは黙って食事をした。




「どうでしょうか、最近は?」




「なかなか勢いがある若い奴がいますね。少し危ないですが、制止役がいるおかげでバランスは悪くないかと」




 バルが答えているのは、彼を荷物運びとして雇った若者パーティーの評価である。




「ふむ? 将来有望なんでしょうか?」




「頭脳労働担当がもうひとり、回復や斥候ができるものがひとりずつ加わるといいでしょうね」




 中年男性は何かを考え込む。


 彼は実のところ冒険者ギルドを束ねる長の側近であり、バルのことを特別に知らされている男だ。


 現在のギルドの長は非常に有名で顔も知られているため、こういう場には口が堅く顔が知られていない彼のような存在が送られてくる。




「あなたは評価しているのですね」




「ええ。正しく伸びれば、三つの線が見えてくるでしょう」




「それはそれは……」




 中年男性はバルの発言に青い目を丸くした。


 三つの線とは三級冒険者を暗示する表現であり、三級冒険者とは相当な実力者たちである。




「あなたがそこまでおっしゃるなら、彼らの評価は改めなければなりません」




 ギルド側はそこまでの評価をしていなかったらしいことが分かった。




(確かに態度はほめられたものではなかったな)




 とバルは苦笑まじりに振り返る。


 彼は少しも気にしていないのだが、気にする者にとっては大きな減点材料だろう。


 中年男性もそれはわきまえていて、「気になさらないバルトロメウス様の評価だな」と考える。




「して、先日の火災の件ですが、あなたは何かご存知ですか?」




 と男はバルにたずねた。




(各地で魔物たちが出現した件だな)




 バルは見当をつける。


 冒険者ギルドでも手を尽くしているが、彼らでは知りえない情報を彼ならば持っているかもしれないと彼らが思うのは理解できた。




「まだ調査中なんですよ。もしかしたらよそで起こって延焼したのかなという意見を耳にしたことがあるくらいで」




 彼の言葉を聞いて中年男性の表情が固くなる。


 「他国の陰謀、もしくは他国が狙われて帝国はついで」というふたつの可能性を示唆されたと気づいたからだ。


 他国が帝国を狙っているにせよ、他国もろとも狙われているにせよ、尋常なたくらみであるはずがない。




「何か分かれば知らせるよう努力しますよ。そちらもお気をつけて」




「はい、ありがとうございます」




 中年男性は礼を言って立ち上がる。


 ふたりの会話内容は誰も聞いていない。


 大きな声でのやりとりがあちらこちらで行われているため、彼らの声はかき消されてしまう。


 盗み聞きしようとしていれば別だろうが、バルに気づかれずにやるのは不可能である。


 若手冒険者の評価と、魔物大規模発生の件を伝えたバルは自宅に戻った。


 彼がそのようなことをしているとは誰も想像すらしない、ありふれた日常である。

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