第9話 荷物運び

バルは今日もまた日雇いの仕事を請けていた。


 今回の内容は冒険者たちの荷物運びである。


 大きな荷物で手がふさがると戦闘にさしつかえが出てしまうため、パーティーメンバー以外に荷物運びを雇うのは冒険者たちにとって一般的だった。


 ブタのような頭を持った人型の魔物、オークと彼らは対峙する。


 オークは腕力が強く武器も扱う器用さも持っているが、行動パターンは単純だ。


 連携と工夫をきっちんとやればそこまで恐れる必要はない。


 バルがついている三人のパーティーは、弓使いが巧みにけん制してオークの注意を引き、その隙に前衛ふたりが距離を詰めて襲いかかる。


 オークは剛腕をふるって応戦し、若者たちは必死に避けなければならない。


 一瞬でも逃げ遅れたらオークのパワーで上半身が吹き飛びかねないからだ。


 それを阻止するのが弓使いで、彼が撃つ矢のせいでオークの行動が常に遅れている。




(弓使いがこのパーティーの生命線だな)




 とバルは評価した。


 何とかオークが仕留められると、彼は雑用係としてこき使われる。




「おい、バルさんよこれも頼むわ」




 と言われて血抜き、肉の解体と人が嫌がる仕事もしなければならない。


 オークの死体をそのままにしておくと腐敗して、他の魔物を大量に呼びよせてしまう。


 血を抜いて死体を解体しておくと、それを大きく抑えることができるのだ。




(血の匂いだけなら、意外と魔物は寄って来ないのだよな)




 バルも不思議に思う。


 彼が作業している間、冒険者たちは周囲に気を配りつつ休んでいる。


 命をかけた戦闘で荷物運びを無料で守っているため、その分嫌な仕事をやらせてもいい……というのが冒険者たちの理屈であった。


 その割に荷物運びに払われる賃金はせいぜい銅貨数枚とかなり安い。


 だから三十歳をすぎても荷物運びをやる者は珍しかった。




「いい年したおっさんが、十代の俺らにこき使われて恥ずかしくないわけ?」




 今日の冒険者のパーティーはまだ若いのにそれなりに活躍していて、将来有望だと言われている。


 全員がヒューマンの男性のみというパーティーだった。




「いやあ、あなたたちは十代で七級に昇格したやり手ですから」




 バルは卑屈でみっともない愛想笑いを浮かべる。




「二十歳で八級になれたら優秀なのに、あなたたちはさらに早いですよね」




 彼のごますりに絡んできた青髪の若者は、得意そうに笑う。




「その通りさ。自慢じゃないが俺らよりすごい奴って、滅多にいないだろうな」




「さすがに将軍や騎士団長には勝てないだろうけどね」




 弓使いの華奢な少年が肩をすくめた。


 バルの見立てではこの弓使いが一番礼儀正しく謙虚である。




「ばっか。そんなの今だけさ。俺らはまだ十代で経験が足りてないからな。経験さえ積めば一級冒険者になって、騎士団の奴らを見返してやれるって」




 と言ったのは燃えるような赤い髪の筋骨たくましい若者だった。


 彼は陽気でバルに対しても普通に接するが、やや楽観的で少々自信過剰なところがある。




「騎士団を見返すのですか?」




 バルが愚鈍なふりをして質問すると、青髪の若者が彼をにらむ。




「おい、おっさん。部外者のくせに立ち入ってくるなよ!」




「こ、これは失礼しました」




 バルは慌ててへこへこする。


 その仕草はとても様になっていて、この男が実は最強だと若者たちは誰も思わなかった。




「そのへんにしなよ。はい、バルさん」




 弓使いが仲間を制止して、バルにお茶を出してくれる。




「おいおい、お茶の用意するのはそのおっさんの仕事だろ!」




 青髪はさらに怒鳴った。


 彼の怒りの矛先は仲間ではなく、バルである。




「使えねえおっさんだな! そんなんだからいい歳こいてまだ九級なんだよ!」




「え、バルさん、まだ九級だったのかよ?」




 赤髪の大男が驚いたように声を出す。


 九級はまじめにコツコツと働いていれば誰でも到達できる階級である。


 そこ止まりというのは、冒険者としての素質がよほど足りないと思われてしまうのだ。


 バルの場合は別の事情があるからだが、若者たちに分かるはずもない。




「それは……もう少し向上心を持ったほうがいいのでは」




 弓使いですら遠慮がちに指摘する。


 他の二名は露骨に蔑むような視線をバルに向けてきた。




「いやあ、まいったなあ」




 真実を明かす気のないバルは、実に上手に愛想笑いでごまかそうとするダメなおっさんのフリを貫く。


 八神輝レーヴァテインの誰かが見れば冗談としか思えない光景が広がっている。




「クソ、こんなおっさんを使うんじゃなかったぜ。経験豊富なベテランをって頼んだのに、無駄に年を食った以外能がない奴が来るとはな」




 青髪はまだ怒りがおさまらないのか、ひとり毒づく。




「仕方ないかもですね。何でも各地に大量の魔物が出現して、八神輝レーヴァテインの方々が退治なさったんだとか」




「ああ、冒険者ギルドは原因の確認や、他に異常がないかの調査で大忙しだっていうんだろ」




 青髪は舌打ちしながら応じる。


 こういう時にマメに仕事をするのが、上の階級に近づくという計算を彼はしていた。




「帝都でもガーゴイルが二〇〇〇も出たらしいですよ。光の戦神様が一瞬で終わらせたようですが」




 弓使いが言うと赤い髪の男が疑問を呈する。




「それは本当なのか? ガーゴイルの大軍を一瞬でとは、いくら何でも常軌を逸した強さだぞ」




「襲われたのが帝都だったがゆえに目撃者は大量にいて、光の戦神様があまりにも強すぎた、以外の説明が不可能らしいですよ」




 弓使いは肩をすくめた。




「ケッ、くだらねえ」




 青髪の若者が面白くなさそうに吐き捨てる。


 何かあったのだろうかとバルが思っていると、弓使いがそれに気づいて教えてくれた。




「ああ、気にしなくてもいいですよ。可愛い妹が光の戦神様の大ファンだということに嫉妬しているだけですから」




「みっともない話だよなあ、オイ?」




 赤髪の男に笑われると、青髪の若者は不愉快そうにそっぽを向く。


 

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